なぜ境界線がないと、燃え尽き症候群を引き起こすのか?仕事の境界線をなくすと、生産性の低下や燃え尽き症候群のリスクを高める?

様々な種類のリーダー(中間管理職からトップの管理者まで)をコーチし、ストレスの軽減やワークライフバランスの向上、効率的生産を助けてきました。

 

 

時は流れ、問題の本質を探ると、核心が見えてきました。同僚やクライアントとの境界線の低下が、貴重な時間や労力を奪い、生産性や効率性の壁となっていました。

 

 

もしこれが起こったとしたら、妨害をされて仕事をコントロールできなくなります。ストレスは最大になります。

 

 

仕事のストレスは、燃え尽き症候群を引き起こします。境界線の低下が作業負荷、優先事項、抱えきれないほどの負担をもたらします。良いニュースもあります。境界線への対策を一度行うと、ストレスレベルは下がるでしょう。よりフォーカスし、物事を終えるために時間と労力をよりかけるようになります。こうすることで、自信を高め、どんな恐怖も調整し、盾となります。

 

 

問題の本質を照らすかもしれないいくつかの考えをご紹介します。境界線を作ることを手助けし、不必要な混乱を減らし、素晴らしい仕事ができます。

 

 

 

1、重要な仕事をする時間を分け、守る

 

最初に、何をするべきなのか考えましょう。私がコーチしている多くのリーダーは、たくさんの邪魔が入ると文句を言っています。チームや企業の他の人からの妨害が入るので、ハイレベルな考えや計画に割く時間があまりありません。

 

 

何をすべきか、何時間それをするかを考えましょう。スケジュールのいつに入り込むかを決めて、それを実行しましょう。

 

 

そうする方法はいろいろあります。あるクライアントは「邪魔しないでください」というサインで、ドアを閉めると言っていました。その時間は、eメールやオフィスチャットシステムをログオフします。彼女は、1日の仕事時間のある時間は他にとっておき、チームにも知らせています。緊急以外は、邪魔なしで作業します。

 

 

もちろん彼女のやり方を進めるべきでしょう。同僚はドアをノックするかもしれません。電話するかもしれません。緊急ではない時に。深刻に話すべきです。境界線が欲しい時は、真剣に話してください。丁寧に、しかし、そうする必要があることをはっきり言いましょう。そして理由も教えましょう。

 

 

他の人がそのリクエストをリスペクトしない場合、私のクライアントは、重要な仕事をするためにどこかへ行きます。時折、すべきことをします。これは、平静さや生産性のためだけではありません。企業や従業員のためでもあるのです。

 

 

2、非現実的な期待をしない

 

心配性な人ですか?ハイレベルな仕事をしていますか?ベストをこなしていますか?他の人から頼れる人だと思われている人でしょうか?これは良いことです。真面目な性格は仕事の成功の鍵となります。トップリーダーは、真面目な人々の傾向があります。

 

 

残念なことに、真面目さは悪い部分もあります。境界線の原因ともなります。

 

 

真面目さが仕事のスタンダードになっていますか?必要でしょうか?

 

 

あるケースでは、ある管理者がクライアントに「訓練を受けた」と期待しているので、即座に反応することができます。週末でもです。バケーションの時もです。成功の一旦をになっていますが、持続することはできません。彼は危険にも境界線を作ることができなかったのです。そのため、悪いことが起こりました。

 

 

他人に反応するのに時間をかけるようにしました。適切なことをするようにオファーしました。しかし、トップをやめたわけではありません。週末は、携帯の電源を切り、手の届かないところにおき、月曜の朝までは取らないようにしました。休暇中は、自動返信機能を使用しました。

 

 

世界は終わったわけではありません。事実、他のポジティブな変化と組み合わせました(飲み会を減らす、睡眠をよく取る、リラックスする何かをする)数ヶ月後には、新しい人物になりました。仕事をより楽しめるようになったのです。

 

 

これはあなたのシチュエーションに似ているかもしれません。賢く小さな変化を始めることを推奨します。境界線を作る機会を探してください。見つけることができます!探し始めましょう!

 

 

3、個人的に必要なものやそれに従って行動しましょう

 

 

あなたは内向的ですか?外交的ですか?

 

 

外交的な人は、人と一緒にいることでエネルギーをもらえます。パーティーやソーシャルイベントが好きです。いろんなことを話すことが好きです。境界線のない会社を好みます。

 

 

内向的は、社交性に欠きます。一人の時間を好みます。開けた会社なんて悪夢です。燃え尽き症候群のリスクが高まります。

 

 

社交性にストレスをかかえるクライアントがいました。彼女は、過重労働をかかえていましたが、ストレスの根源を見つけ、コントロールするようにしました。

 

 

「同僚が絶えずデスクにやってくるの」と彼女は話しました。「話をして、コーヒーやランチに誘うの。ゴシップや文句が好きなのよ。本当に疲れるわ。」

 

 

彼女は内向的でしたが、気づいていませんでした。彼女のコーヒーやランチ「休憩」は、仕事よりも重荷になっていました!彼女は、境界線を作る必要があり、そのため、休憩を息抜きの時間にすることができたのです。

 

 

最初にコーヒー休憩の時間を確保しました。彼女は、誘いを断り、その答えに納得しない人がいたら、散歩に出かけました。そうすると、誰も彼女を見つけることができません。次に、火曜日に「グループランチ日」を設定しました。他の日は、一人でランチを食べるのです。

 

 

また、通勤時間を解放時間にするようにしました。「機内モード」にします。Eメールをチェックする必要もないし、電話も来ません。その代わり、ソフトな音楽やリラックスのできる音楽を聴きます。こうすることで、帰宅してすぐにリラックスする時間にあてなくてよくなりました。リラックスして帰宅できるからです!

 

 

仕事で何がストレスか詳しく調査することをお勧めします。何をしているのか、本当に必要ではないし、疲れることは何ですか?どのように人の期待に応えることができますか?どのように境界線を作り実行できますか?

 

 

たくさんのコントロールできることがあると思います。それに気づき、新しく取り入れて、変化を起こしてください。ストレスも少なく変化を助けることができます。

恋愛において脳が私たちをだます4つの方法とは?「運命の人」探しを意識的にできていますか?

「心ではなく頭で考えて行動しなさい」これまで、脳は正しい道へ導くと言われてきました。

 

しかし、恋愛においては私たちの脳は本当に正しいのでしょうか?

もしくは、間違った方向へ導いてはいないでしょうか?

 

 

過去数十年で、研究者たちは、人間は私たちが考えるほど合理的ではないことを発見しました。人間は、ある分野には有利ですが、別の分野では害があるかもしれないというあらゆる種類のバイアスがあります。例えば、冷静に判断したと思っていても、代わりに、感情に基づき行動していることです。最善の決断をしたことを私たち自身に納得させるために認識資源を使うことです。

 

 

このプロセスはよく使われます。そして、私たちが自分自身に満足していると感じていることができます。しかしながら、私たちの決定がもっと複雑で、より長期化する時があり、私たちの複雑な合理化は私たちを幸せにするのに十分ではない時があります。

 

 

愛のマスターは、特にトリッキーです。私たちの多くが、恋愛運がないと思うか、自分のせいかと思います。そして、時折、それは私たち自身です。しかし、思っている方法ではありません。バイアスが私たちを騙して、間違ったことをすべて欲しがるようにすることがあります。以下は、恋愛において、脳が我々をだます4つの方法です。

 

 

1、欲しいものがわかっていると思っているーしかし、私たちは知らない。

ある身体特徴、背の高さ、職業などでパートナーを探している人もいます。しかし、そういう人は完全にタイプとは異なる人に恋に落ちます!とても一般的です。現実では、多くの人が本当に欲しいものは知りません。

 

 

私の最新のスピードデート研究では、アジア系アメリカ人は、自分の民族の人と付き合うことを好む傾向があると言われています。しかし、実際のスピードデートイベントでは、そうではなく、グループ内の人に2回目のデートを申し出る可能性はあまりありませんでした。

 

 

心理学者は、この現象を「ホット・コールド感情移入のギャップ」を通して説明しています。ホット・コールド感情移入のギャップによると、私たちは実際に決断を下す時に経験した感情を説明することができないでしょう。私たちが実際に行動するとき、私たちはバイアスの欲求に動かされて、「ホット」状態にあります。私の研究では、参加者は自分の好みを報告するときに両親とその期待について慎重に考えていたのでしょうが、スピードデートをするときは、これらの考えは消えました。

 

 

 

2、選択肢ができるだけ多い方が良い。

 

私たちは、選択肢が好きです。選択肢があれば、自由と幸福を最大化できると考えています。実際に得るまで、多くの選択肢を得ることを楽しんでいます。(ホット・コールドの感情移入ギャップの他の例)本当は、選択肢は悪い影響を与えます。多すぎる選択肢を前にすると、固まり、選択麻痺または選択肢の過多によって知られている現象です。選択をする失敗をします。

 

 

人気者は、多くの人から求婚を経験するかもしれず、一番良い方法は告白を受けないことです。もし本当に愛が欲しいとしても。どのように選ぶのでしょうか?あまり人気のない人は、選択の幻想(私たちがすぐにスワイプできるすべての潜在的なパートナー)の誘惑に負けるかもしれません。関係を進めるときに壁にぶち当たったら、「海の中の魚」は魅力的に見え、何が起こるかを考えさせます。

 

 

3、「選択肢を広げる」ことで合理的にしようとする

 

チャンスは見逃したくないので選択肢を広げます。しかし、これは悪い結果を招く2つの理由があります。1つ目は、選択をするとき、自然にベストな選択をするようします。すべての方法にフォーカスし、または私たちの信念が行動と衝突するときの不快感を減らすために、私たちの選択のすべての長所と選択肢の弱点に焦点を合わせます。選択肢を広げることで、不安になるのです。

 

 

例えば、新しいパートナーが出来たとして、相手の変なところが見えたとしたら。脳は、その悪い部分を見ないようにするかもしれません。もしくは、相手をすごく愛していると思い込むかもしれません。他の選択肢があると、どの人が良いのかわからなくなります。

 

 

2つ目は、選択肢を広げたままにしておくことで、関係に適切に投資することができなくなります。私たちが少ししか努力していないときに、どうすれば関係が進むと期待できるでしょうか?

 

 

4、間違った努力をしたくないから間違った人といる

ある点においては、努力をすることは素晴らしいことです。認知的不協和(より多くのものを入れるほど、より何かを好む)と人間関係の成長の組み合わせのために、努力することは私たちの人間関係を幸せにする傾向があります。しかしながら、時には私たちはサンクコストのため間違った人と一緒になることもあります。努力や時間を費やさないと関係はうまくいきません。一緒にいればいるほど離れるのは難しくなります。私たちの多くが、事態を悪化させる非現実的な楽観論を持っています。

 

 

私たちの心が多くのトリックを果たしていることは明らかです。多くの場合、それは良いことですが、時にはそうではありません。冷静に自分自身をみて、私たちが本当に自分の最善の利益のために活動しているかどうかを尋ねるのは私たち次第です。

 

 

自分を解放したらなば、「恋すること」を満足できるでしょう。

感情的なトリガーを落ち着かせる方法5選とは?

感情的なトリガーは癒すべき傷です。

 

 

感情的なトリガーは何でしょうか?
他人の言動によって影響を受けるあなたの心の中のことです。

 

 

トリガーが引かれると、感情を引き出し、傷ついたり怒ったりします。おそらく後から後悔することになるでしょう。傷つくことを恐れて、反応がとても激しくなります。

 

 

例えば、同僚が「この仕事するほど賢くないよな」や「年取りすぎてパートナー見つからないだろう」などを言うと、トリガーが引かれることです。

 

 

怒り、自分自身を疑い、劣等感を感じるか、さらにひどいことに「危機を乗り越えた」と勘違いします(乗り越えるべき「危機」なんてありません)

 

 

一方で、「そんなバカな。もちろん自分はこの仕事に適している。」や「何歳であろうと、素晴らしいパートナーが見つかるはず。」と思ったら、自分の価値を信じているのでトリガーを引かれることはありません。

 

 

感情のトリガーは癒すべき傷です。そのトリガーは恐怖からきています。全く現実ではありません。しょっちゅうトリガーを引きたくないですよね。特に、神経質な人にとっては、疲れるし、辛いです。

 

 

感情的なトリガーを癒すには、「私はバカだ」や「私は神経質すぎる」という、家族や社会から得た自分の本質を、慎重に調べて、変えましょう。

 

 

自分自身の欠点だと思う部分に優しく接する必要があります。また、自分の身体のイメージや価値について疑ったほうがようでしょう。最初のトラウマや過去の失敗を癒すには、感情を吐き出しましょう。そうすれば、簡単にトリガーを引かれることはありません。

 

 
 

 

下記の戦略を使用し、感情的トリガーを癒していきましょう。

 

 

1、気づく。

 

日記に、感情的トリガートップ3を書き出す。例えば、体重や見た目をバカにされた時は?仕事に見合った報酬を得ない時は?自分は健全な関係を築けるほど魅力がないと感じてしまっていませんか?癒すべき自分の一面を明確にするために書き出しましょう。

  

2、トリガーの根本を発見しましょう。

 

トリガーの根本が何か日記に書きましょう。例えば、恋人に「デブ」やブスなど言われたことはありませんか?過去に教師に落ちこぼれと言われたことはありませんか?家族から無視され、愛を感じずに成長したことはありませんか?トリガーの根本を知ると、自分のことを深く知ることができます。

   

3、ネガティブな考えを変えましょう。

 

最も影響力の小さい感情的なトリガーから始めましょう。慎重に変えていきましょう。自分自身に「本当ではない」と言い聞かせましょう。本当のことは、「私はかわいい、価値があって、賢い」と言い聞かせましょう。ネガティブな考えをポジティブでより現実的なものに置き換えましょう。

   

4、なりきって行動しましょう。

 

癒すプロセスのスタートには、「なりきって行動」が必要です。新しいポジティブな考えが最初は完全に受け入れられないでしょう。それでも大丈夫です。例えば、誰かに「私はそう思いません。素晴らしい仕事をする価値のある人間です」と言うだけでもよいです。(完全にそう信じてなくても大丈夫です)後に、信じることができるようになります。もしくは、「私の神経質さを誇りに思っています、なくさないで下さい」と言います。それがいずれ本物になるためにもっと賢明な行動を練習する必要があります。

   

5、セラピストやコーチの助けを借りましょう。

 

トリガーの根本や感情が起こるプロセスを探す手伝いをすることは役に立ちます。もしかしたら、家族が信じてくれないことに果てしない怒りや悲しみを感じているかもしれません。そのため、自分を信じることができないのかもしれません。感情を説明し吐き出すことは、トリガーを癒すことを助けます。あなたの本当のパワーを受け入れるために進むことができます。

    

他人の不適切な言動に踊らされることはなくなるので、トリガーを癒すことは開放感を与えます。もしかしたら、まだ他人をうっとおしく感じるでしょうが、あなたを閉じ込める力を持っていません。感情的なトリガーを癒せば癒すほど、感情的に自由になるのです。  

あなたのことを必要だと思っていない人とどう向き合うか?

相手が自分で全て出来ると思い込んでいる時どうすれば良いのか、新しい研究がその方法を教えてくれています。

 

 

もしかすると職場や近い存在の中に“自分は万能で何でも出来る”と考えていると思われる人がいるかもしれません。

 

大事な仕事に対して自分も努力を共有すると合意したのに、その相手はその仕事を奪い取ってあなたを待たずに完成させてしまうと感じた経験があるかもしれません。これは単なる自己中心的な性質の表れなのでしょうか?

 

でも、その相手は大抵気心が合う相手であるし、評価や権力を追い求める様な相手ではないことから、その自己中的な考えは単純に当てはまらない様に思えます。もしかすると、その相手は自分を万能だと思っているというよりもむしろ、一人で仕事をすることに慣れていて、一人の方が気が楽だと考えているのかもしれません。

 

あなたにとって問題なのは、彼らにより、自分が“二番手”という役柄に追いやられてしまうという感情と、重要な場面に携わる機会が全く訪れなくなってしまうということです。

 

 

言い方によっては、あなたの為に何でもしてくれるパートナーや同僚のおかげで、あなたは別のことに時間を使える様になるとも言えます。

 

 

しかし実際のところ、あなたは自分の考えを結果の為に提供したいと考えています。もしこれが仕事に関係するタスクであったら、その相手がいつも仕事を片付けることに気を良くしないかもしれません。もし手に負えない相手と付き合っていたら、あなたは頭のどこかで家周りを世話してくれる誰かがいるというのは良いことかもと考えるかもしれません。

 

でもこれらの場合も同様で、やはりあなたはもっと自分でやりたいと思っているのではないでしょうか。

 

例えば、家庭にある育ち過ぎてしまった鉢植えの植物たちを植え替えることをパートナーと話していたら、仕事から帰宅後、全てがきれいに新しい鉢植えに入っていたらどうでしょうか。あなたがやりたかった方法と違ったとしても、もう手遅れなのです。

 

 

自分で勝手に物事をやってしまう人達よりも更に最悪なのは、相手があなたの考えを求めておきながら、あなたの考えを考慮せず、そのまま自分で仕事を終えてしまう人達です。

 

後々彼らは、全て自分でしなければいけなかったとあなたを責めるでしょう。この時にはあなたは、相手が純粋な“個人プレイ派”というよりも“犠牲者ぶる人”の方が適切だと思う様になっているかもしれません。自分が良いと思って進んでこのような行動を取る人を、誰が責められるでしょうか?

 

 

このような問題が一般的であるのと同様に、通常、心理学は全てにおいて個人プレイをしたいと思う人達の原因や結果をはっきりと研究していません。驚く方もいるかもしれませんね。

 

しかし、ベルゲン大学の心理学者、セシル・ショウ・アンドレアセンとその同僚による新しい研究(2019年)では、その問題に対する答えが示されていました。

 

このノルウェー人の筆者は“仕事中毒の人”に注目し、なぜ人々は求められている義務以上の努力をしなければいけないという必要性を感じ、更になぜ全てを自分一人でしなければいけないと思うのかということについて研究しました。

 

ここで一点明確にすると、研究チームは仕事中毒を「仕事に対する多大な傾注/打ち込み、長い勤務時間、求められている以上に働く、仕事に対する抑えのきかない執着」と定義しています。

 

 

“全てをしなければいけない”という感情は、あなたの過度に働く傾向に確かに関係しています。このノルウェーの著者が考える仕事中毒の一因となる性格は、ナルシシズム、完璧主義、心理学的タイプA(競争意識が強く、働き者)、そしてある種の神経症といった個人プレイ主義の心的傾向です。

 

また仕事環境が仕事中毒をより強める可能性があります。

 

例えば、多くを求められる厳しい仕事や個人の生産性によって報酬が決まるタイプの仕事では、仕事中毒の傾向が強くなります。その他には上司の指導方針なども仕事中毒に関係があるとされ、特に上司が部下に対して虐待的な態度を取るかということが関連している様です。

 

 

アンドレアセン達は職場の要因から起こる仕事中毒の指標を理解する為に、合計9つの仮説を実験し、手始めにノルウェー政府によって登録された労働者から無作為に5,000人のサンプルを集めました(このノルウェー政府のデータは国内全ての労働者の統計を記録しています)。

 

その中で約3分の1の人がアンケートに全て答え、結果として約1,608名の参加者が集まりました。彼らの平均年齢は45歳で、その中の3分の1は何かしらの管理職に就いていました。

 

仕事に対する中毒性は、以下の7つの項目によって測られました

 

“核心となる中毒症状”の突出、耐性、気分調整、再発、撤回、葛藤、課題。職場環境の指標として、仕事の需要性と統制、不明確または対立する仕事役割という問題面、悪い関心の対象となること(いじめ、仲間はずれ等)を含んでいます。指導方針、個人の特質、直属の上司の暴力的態度は、仕事中毒を決定付ける方程式において最終項目となりました。

 

 

このノルウェー労働者のサンプルでは、労働中毒と定義された人は約7%でした。

 

しかし、全ての参加者において仕事中毒の尺度となったポイントは、好ましくない職場環境に関連しているということが分かり、また筆者は、「仕事中毒者は現実逃避、没頭性、個人的目標達成によって駆り立てられている」という可能性があるということを指摘しています。

 

仕事中毒者は「不快なストレスから逃れるため」に仕事に没頭してしまうのです。

 

低い仕事統制が高いストレスの前兆とする以前の研究とは異なり、仕事中毒の人は自分に責任を感じる際、より多くの仕事をすることでより多くストレスを抱えることになることがこのサンプルによって明らかになりました。

 

有害な職場環境は仕事中毒性の一因となりますが、「他人と交流、打ち解け合い、親密になることの難しさ」のせいで仕事中毒の人が気付かずにそういった職場環境を作ってしまっているのかもしれません。虐待的指導方法は従業員の労働中毒的態度へほとんど影響が無い様に思われました。

 

しかしその一方で部下に自分の判断で仕事を進める様放置した上司の方が、仕事中毒を助長させる可能性が高いことが分かりました。

 

 

仕事中毒者と個人プレイ主義者のメンタルの関係性に戻ると、人々は仕事を完成する必要がある際に明確な指示が得られない場合、彼らの様な方法を取り込む様になるということをノルウェーの研究は示しています。

 

中毒性による類推はこの点においてとても興味深いです。個人主義になりそうな人は恋愛かキャリアいずれかの初期段階で、成功する為には誰よりも勝る必要があると感じるのではないでしょうか。またはもしかすると気付かないうちに彼らは必要以上に努力し、そうすれば報酬が得られることを知り、特に力を注いだ対象から評価をもらえた時にその気持ちを強く感じることでしょう。

 

特に彼らの両親や先生が、評価や愛情、感謝といったものを得る為には個人が自分でそれを手に入れることが出来ることを証明する必要があるという信念を増進させた場合、そうした行動が人生の早い段階で形成され始める可能性はあります。

 

 

アンドレアセン達は労働中毒に関連する個人の特色を測らなかった為、彼らは重要な一因を見過ごしてしまったかもしれません。彼らは仕事中毒者の心的傾向の変化の28%しか説明出来なかったという可能性があります。

 

更に、彼らは職場の最高地位を占める労働者、つまり雇い主や社長を調査しませんでした。

 

彼らは管理する能力に頼った役職であるからこそ、彼らこそが個人主義的考えを持っている可能性が高いかもしれません。彼らの仕事や対応は多くの能力を必要とするだけではなく、投資者に吟味され、彼らの判断が良い結果を招いた際に報われます。関係性においては、“最高経営責任者”というものはなく、長い間個人で全てをこなし、生きてきた結果としてこうした関係に落ち着いたのかもしれません。

 

 

まとめ

あなたを必要としない人達を対処するには、彼らがあなたにどのような気持ちにさせるかを正直に話せる瞬間を見つけてみましょう。

 

彼らがあなたを招き入れることに対して報酬を与えることによって、彼らの全てを自分でしようとする“中毒的”習慣を断ち切りましょう。

 

相手の支持を仰ぎ続けて怒りに煮えたぎることはより悪化した状況を生むだけです。

 

家庭、職場いずれにしても関係性を向上し満たすコツはあなたと相手両方にとってとても重要な課題やタスクにおいての協力にあります。

自己を思いやることのパワーとは?

私達はあまりにも多くの時間を自己批判に費やしてしまっています。
ぜひこの科学に裏付けられた練習を用いてみましょう!

 

 

 

とても仲の良いあなたの友達がテーブルの向かいに座っている所を想像してみましょう。その友達は今日仕事をクビになって、もう泣き出す寸前です。励ましの言葉を必要としていることは明らかですよね。

 

 

 

そう、あなたはいつも通りにこの場面に対処しますよね。威圧的な声に変わって、あなたはこんな風に言うでしょう、「ま、もっとマシに仕事出来るべきだったよね。それに、人生台無しにしちゃったね」と。

 

 

 

まさか、自分は弱っている友達にこんな風に話したりしない(とあなたは考えているかもしれません)。でももしかすると、あなたはそんな行動を本当にとっているかもしれません…

 

 

ではもし仕事を失ったのがあなただったとしたら?

 

 

それか暴食してしまって食生活を乱してしまった時はどうでしょうか?失敗した時や辛い時、自分はどうやって自分自身に声を掛けますか?

 

 

 

研究によれば、友達と接する時と比較してあなたは自分自身に対してかなり厳しく接している可能性があることを示しています。更に研究は、我々の多くが驚く程多くのエネルギーを自己批判に費やしていることを証明しています。「自分は本当にダメなやつだ」「やる意味なんてない」といった具合に、自分を痛めつけているのです。

 

 

 

なぜ私達は自分達に対してこの様な態度を取ってしまうのでしょうか?

 

辛い状況に陥った時、自身をくじけさせることが助けになるはずだと考え、否定的な人を探すものですか?

 

自身を厳しい批判によって萎縮させることが、自分の立ち直る力を強めてくれるのでしょうか?

 

 

 

大抵はそうではないはずですよね。助けにはならないのです。実際に研究によると、自身に対する同情性が高い人ほど鬱を経験することが少なく、モチベーションが上がり易い上に、より楽観的で幸せを感じ、人生により高い満足度を感じる傾向があることが分かっています。

 

 

 

ヒッピー的に“いい感じ”を経験するのとは程遠く、自己に対する同情/思いやりというのは健康や富、幸せを向上させるということが証明されています。自己同情は、素晴らしい行動促進剤であり、より素敵な幸福を得ることを可能にする方法なのです。

 

 

自身を痛めつける代わりに、自己を思いやることを試してみましょう。私達が自身暗鬼を感じる時や、成功に向かう途中で感じる困難から抜け出すのをきっと手助けしてくれるはずです!

 

 

“自分を思いやる”とは何か?

 

手短に言うと、欠点や失敗、その他辛いこと一般に対する理解であったり、自身の励みとなるもののことを指します。しかし科学においては、三つの重要な要素を含んだより大まかな定義が設けられています。自己に対する思いやりを持つには次の三つの要素が必要です:

 

 

マインドフルネス

もし自身を慰めて、次回より良くする為には、自分が苦しんでいることや失敗してしまったことをまずは認める必要があります。ミスを犯したり、失敗してしまっても大丈夫。でも、自己向上の為にはその時にきちんと自身の感情や行動に向き合うことが必要です。

 

 

我々の精神は、苦痛を押さえる驚異的な鍛錬や、過去に自分がしたことに対する非難を客観化することが可能です。自分を思いやることは、より批判の少ない方法で自分と向き合うことを促進するので、私達は良い方向へと変わっていくことが出来るのです。これを維持する為には強い意識性が必要なので、自分を正しく思いやる為にはマインドフルネスが必要不可欠となります。

 

 

 

共通の人情

この要素は、人は誰でも悩みを抱えていると意識することです。インスタグラムでは誰もが素晴らしい瞬間をずっと過ごしているかのように見えますが、それは大抵うわべにしか過ぎないものです。

 

辛い時期というのは本来、人間の誰にでもあるものなのです。どれほど多くの有名人が中毒克服のリハビリ施設に送られたのか考えてみて下さい。“成功している”人達のどれ程が人生に不満を抱えているか、考えてみても良いでしょう。私達はみな完璧な存在ではありません。時には悩んだりするものであり、それで良いのです。悩んでいるのは自分だけではないということ、そして自分の不完全さによって孤独感を感じるべきではないということに気付くことは、私達をほっとさせてくれます。

 

 

 

自分への優しさ

これは他人に接する様に自分に接するということです。自分を叱るのではなく、自分の大切な家族かのように接するべきであり、そうすることによって既に自分を思いやる生活スタイルへの一歩を踏み出していけるのです。

 

 

次回躓いてしまった時には、しっかり立ち止まって、痛みをきちんと意識してみましょう。そして誰もが悩みを抱えることを思い出して、自分に温かい優しさを与えてみて下さい。そこにはもしかすると希望の光が射すかもしれません。自分の中に強力な味方がいることは自身のとてつもないパワーの源となります。その力を役立たせる方法を学んだ時、私達はより幸せで成功が待つ場所へと進んでいくことが出来ます。

 

 

 

自分を思いやる練習

 

スコット・バリー・カウフマン教授によるペンシルバニア大学のポジティブ心理学入門で用いられた思いやりの方法を見てみましょう。教授助手として私がこの授業に携わった年、この方法が今までの授業の中で一番為になったと生徒達が伝えてくれました。自分を扱い方をより意図的に向上させるとても素晴らしい方法です。ぜひ試してみて下さい!

 

 

現在感じている困難や、ストレス、悩み事を頭に想い描いて下さい。この辛い経験に対して第二者の視点に立って、自分に向けて思いやりの手紙を以下の書き方にそって書いてみて下さい。

 

自分がその辛かった状況やことについて思い出させてあげて下さい。そして自分の感情や考えを認めてあげてましょう。それと同時に自分がどうしたかったのか、何が必要だったのかも考えてみます。

 

例:「ケリーへ。[悲しい、心配、苛立たしい、失望した]という気持ちを抱えていることを私は知っています。あなたはとても[楽しみにしていた、一生懸命だった]よね。…」など。ストレスとその下にある健康への願い、安心感、愛情、感謝や正しい評価、繋がり、達成感といった重要な部分両方について手紙を書きましょう。

 

 

人情的メッセージを付け加えましょう。

 

例:「どんな人でも間違えることはあるし、失敗したり、怒って、失望して、失う気持ちを知っているよ。」
そうして最後に思いやり溢れたアドバイスや励みとなるメッセージと共に自身を諭してあげましょう。この状況で、あなたなら大切な人になんて言葉をかけてあげますか?この手紙を書き終えたら、声に出して自分に読み聞かせるか、一度仕舞って自分が必要だと思う時に再び取り出してみましょう。

 

 

この手紙を書くという方法は、幸せを強化するという効果を示しています。研究では、被験者が一週間毎日続けてこの手紙を自分に書き続けたところ、何もしなかったグループと比べ、より高い幸福感を実験の半年後でも感じていることが分かりました。(シャピラらによる研究、2010年)

 

 

この方法についてどう思いましたか?

簡単だったでしょうか?

虹やキラキラとしたものが自分から溢れて来るように感じましたか?

 

そうであれば素晴らしい!

 

一方で、この方法を難しく感じたり、馬鹿馬鹿しいと感じましたか?

 

 

そうだとしても無理はありません。

 

多くの人はこの方法を初めて取り入れる時、同じ様に思います。しかし、この方法を繰り返すことはあなたの気分を高め、自分への思いやりを高める手助けとなる素晴らしい強力な方法となります。しばらくすると、自分に対する深い思いやりはより自然に感じる様になり、習慣化します。ぜひ試して、自分で実感してみて下さい。

 

あなたはその効果を実感する価値がある存在です!

フィクションを読むことは本当に社会的能力を向上させるのでしょうか?

分析で読書と社会的能力の関係を考察してみましょう。

 

 

 テキサス大学にて、組織における人間事象に関わるプログラムの設立監督者として、私と私の同僚達は人文科学と社会行動科学を用いて職場で働く人々を教育しています。

 

 

 人文科学において、文学は私達が教授する内容の中で重要な役割を果たしています。文学作品を読むことには様々な潜在的な利点があります。例えば、実際には経験し得ないような体験を、フィクションの中で疑似体験出来たりします。加えて、文学は他人の視点で世界を見ることであるため、他人の考えや感情を覗く窓の様なものを私達に与えてくれます。ではこれらの経験は、他人との共感性を強めたり、相手を理解する能力を向上させることができるのでしょうか?

 

 

 この質問に答えを導き出す為に、心理学者たちはフィクションを読む人はフィクションを読まない人又は読書をしない人とを比べて、他人の考えや感情により敏感に感じる感受性が強くなるのかどうかを調べ始めました。2018年11月発行された実験心理学雑誌:一般に掲載されたデイヴィット・ドデルフェダーとダイアナ・タミアによる論文によれば、メタアナリシスと呼ばれる異分析を用いて14件の研究を観察することで、フィクションを読むことは社会能力の向上につながるかどうかを決定付けました。

 

 

 これらの研究では、一般的にいくつかのグループがフィクションの文章を読んでいて、大半の研究に比較対象としてノンフィクションを読んだグループが含まれていました。別の比較対象として全く読書をしないグループを含んでいた研究は数件で、ノンフィクションと読書をしない両方のグループを比較対象とした研究もごく僅かでした。

 

 

 社会能力性を測る方法はいくつかありました。研究は人々が他人の感情を読み、彼らの考えとそうではないものを識別し、異なる状況にいる相手の気持ちを想像する能力を観察しました。測定方法として実験作業内におけるパフォーマンスによって測られるものの他には、個々人が自分で調査する方式のものもありました(例えば、“どれほどあなたは頻繁に…”といった質問文)。

 

 

 筆者はこれらの研究を観察するだけではなく、これに関連した調査をしたものの証拠付けに成功せず未発行となってしまった論文がどれ程あるのかを把握しようとしていました。研究者が効果のない論文を出版しないと決めた場合、これは“出版バイアス”と呼ばれます。

 

 

 全体的に見ると、著者達はフィクションを読むことが社会的能力に影響を及ぼすと結論付けていて、その効果は小さいものの確かなものであるとしています。加えて、実際のパフォーマンスの測定は個人で行う測定方法よりも大きな結果に繋がることが分かりました。

 

 

 しかし、その効果があまりにも小さいのなら、果たして私達はそこに着目する必要はあるのでしょうか?筆者達は次のような理由から着目の価値があるとしていて、私も賛同しています。

 

  • 始めに、フィクションを読むことが少なからずとも確かに社会的能力に影響を与えるのであれば、それは今後の研究において生産的な分野を開拓していくことを示唆しています。もし研究が不確かであれば、研究者たちがその現象を研究し続けるのは困難になってしまいます。

 

  • 次に、これらの研究では被験者達にほんの短い間読書させ、それがすぐに結果として表れました。しかし、長年多くのフィクションを読んできた一体はフィクションが読者に何を喚起付けようとさせているのかという情報により注意を払う傾向があるようでした。つまり、長年にわたっての読書はこれらの研究よりもさらに大きな効果があることを意味しています。(そして将来的に取り組むべき研究対象です。)

 

 

今の所は良いフィクションの本を手元に置いて、いつもの読書習慣を続けていきましょう。

大学生のメンタルヘルス危機とは?

調査報告された問題の裏では何が起こっているのでしょうか?

 

 

2014年、私は“大学生のメンタルヘルス危機“、”何がそうさせているのか“、”その為に私達は何ができるのか”というシリーズを執筆しました。このテーマに関しての質問やインタビューのオファーは、他のどのテーマよりも多く受けています。この問題をより深く考察したため、こうしてこのテーマの最新版を公開するのに適切な時期だと思いました。

 

 

 “大学生のメンタルヘルス危機”とはいったい何を指しているのでしょうか?これは次の様な事実を指していて、(a)かなり多くの大学生がメンタルヘルスの問題を抱えているということ(学期間など)、(b)過去15〜20年において大学構内におけるメンタルヘルスサービスの需要が劇的に高まったことです。

 

 

 もう1つ数値に関わる例を挙げると、“去年の治療”に関わる値が2007年は19%であったのに対して2017年は34%と上昇していたことが先月の調査で明らかになりました。さらに、メンタルヘルスの問題を終身的ものと診断された生徒は2007年の22%から2017年は36%へと上昇した。これらの分野で起こっている傾向は1990年代を通して着実に上昇していました。この危機の極めて簡単な結論は以下の通りです。

 

 

1980年代のどの時期でも、10人に1人の大学生はある種のメンタルヘルスサポートを必要、取得していたと考えられますが、今ではその数は3人に1人となり、増得続けています。

 

 

 数値に関してクイズミリオネア的な難しい質問があります。いったい何が起こっているのか?精神病は国内中で“蔓延”しているのか?それともメンタルヘルス治療を切望するような方向へ変わってきているのか?私の意見では主要な原因はメンタルヘルス治療に対する姿勢とその使用が変わってきたことであり、それは実際に感情的に弱く苦悩するようになったという第2の重要な原因と組み合わされています。(よって、強い不安や鬱の状態が増えたということになります。)

 

 

 私が述べた最初の理由は事実として確かです。というのは、人々のメンタルヘルスについての考え方には大きな変化が起こっていますし、メンタルヘルスサービスの使用に意欲を示す人が増えています。この人々の態度の変化が上記の変化の主要な理由であることは明らかですが、学者の中にはこの理由がこれらの変化の唯一の理由であると述べる者もいます。この危機の解釈すると、人々がメンタルヘルスに悩んでいた率は、80、90年代と今とでは大差がありません。しかし、80、90年代の人々は今と比べると彼らは自分が抱える問題を公に話すことは少なく、何かしらの治療を望むこともなかった上に(これはメンタルヘルスに問題を抱えることを恥じていた為かもしれません)、メンタルヘルスやその治療に関する知識もほとんどなかったようです。

 

 

 私が尊敬する心理学者であり、PTブロガーであるトッド・カシュダンは最近ある記事を作成しました。その中で彼は、学生はより繊細であり不安になる傾向が強いことを述べていましたが、精神病の蔓延に関しては異を唱え、メンタルヘルスの問題が悪化していないことを証明するデータを示しました。例えば、国際共存症研究によると1990年から1992年の間には約30%の人々がメンタルヘルスの状態を調べられていましたが、その数値は2000年から2002年の間とものとほぼ同じであったとしています。しかし、同じ様な基礎値ではありましたが、実際に2000年代に治療を望んだ人々の数は以前の約2倍でした。ロナルド・ピースは類似した主張をしていて、変わったのは実際の精神疾患の程度ではなく、治療に対する姿勢が変わったとしています。

 

 

 彼らの議論は確かに重要なものではありますが、彼らが用いたデータはこのテーマに関わる唯一のデータではありません。私は物事が悪い方向へ動いていることを示す様々なサインを見てきましたし、特にこの年代やここ10年のデータを見れば明らかでした。

 

 

 一般的人口レベルに関するデータはかなりはっきりとした傾向を示しています(例えばカシュダンやピースによって提示された研究です)。このデータは同時に国の幸福度や充足感が何かしら減少していることを物語っています。私達はアメリカにおいてある特定の人口は不穏な傾向に直面していることは明らかです。例を挙げれば、自殺率、薬物乱用、中年や低所得の白人に見られるなどを私達ははっきりと認識しているのです。

 

 

 また、青年や青少年の傾向は事態の深刻化の証拠を精神病理学において示しています。ジーン・トウェンジは同年代のデータを注意深く辿り、ストレスや鬱、強い不安感において著しい変化があったことを発見しました。NIMHは青年の主要な鬱病診断の頻度が高まったことを見つけていて、2006年に7.9%だったその数値は、2016年には12.8%と急激に上昇していました。これはほぼ50%の上昇であり、この診断は信頼のおける確かなものです。100,000人における青年と青少年の自殺率にも急激な上昇を見ることが出来、2006年には9.9だったのが、2016年には13.5と跳ね上がっています。こちらも同様に以前よりも50%の上昇です。確かに変化ははっきりと実在し、それらは自己報告や治療使用によるデータではありません。

 

 

 同じ様な傾向は鬱を感じる大学生の事故報告にも見ることが出来ます。アメリカ大学健康団体は大学生を対象とした大規模な例年報告をまとめました。強い不安感、鬱、孤独感、自殺願望といった感情に関するデータを2008年と2017年のデータ2つを取り上げます。

 

 

不安、鬱、自殺願望においてかなりの増加を見ることが出来、孤独感の上昇も少し確認することが出来ます。

 

 

 まとめると、実際に精神疾患や鬱傾向を指摘するデータは沢山あるということです。最もはっきりとしたデータとして、2000年代以降子供、青少年、青年に世代的傾向が強まっていることが挙げられます。ここで私が述べておきたいのは、この問題は大学生に限ったことではないということです。大学に通っている生徒が、大学に通っていない人よりも精神が病んでいるという証拠や裏付けはないのです。

 

 

 私がぜひ皆さんに理解して欲しいのは、大学生のメンタルヘルス危機とは、大学生が精神治療を求める率の上昇に関連しているということです。治療の必要性を感じ、サポートを求めた率は80年代に10%であったかもしれませんが、現在は約33%です。この劇的な上昇は、鬱を報告し実際に治療を求めて受けるという態度の変化と、実際にストレスや鬱、不安、それに関連する問題の増加の両方によるものです。

 

 

 この傾向の減少の兆しは今のところありません。実際に私はこの傾向をジェームス・マディソン大学カウンセリングセンター監督のデイヴィッド・ワンスタック博士と話しました。彼はこの傾向をこれ以上“危機”と呼ぶべきではないと述べていました。なぜなら、この傾向は既に10年以上続き、減少傾向は見られないからです。むしろ、この苦痛の種とも言える現象は“新しい普通”となりつつあるのでしょう。

 

 

私の次の記事はなぜ変化が起こり、私達がすべきことのサポートとなったのかということについて述べていきます。

どれだけ多くの顔を覚えていますか?

顔を認識する記憶力はもしかすると無限かもしれません。

 

 人生において私達は顔の認識を記憶に頼っています。例えば、私達は小学校のクラスメイトを思い出したり、朝の出勤を共にするご近所さんやお気に入りのドラマの俳優の顔などを思い出せますよね。ですが、どれ程多くの顔を長期的記憶にしまっておくことが出来るのでしょうか?

 

 ヨーク大学の研究者はその数を把握しようと奮闘し、人々は平均約5000の顔を記憶していることを突き止めました。この数値は私達が認識する顔の数であって、私達が認識可能な上限の数値ではありません。

 

 “覚えられる顔の数には、もしかすると上限がないのかもしれません”、とこの研究の先導的筆者のロブ・ジェンキンスは述べています。この研究はロイヤルソサエティーBの進行と題された雑誌に敬されています。私達が認識出来る数千の顔の数は、私達の知的能力のほんの一部分でしかないのかもしれません。

 

 ジェンキンスとその同僚達は18歳から61歳までの被験者25人を集め、彼らに自分がはっきりと認識出来る顔のリストを作成してもらいました。研究者たちは被験者の記憶を刺激するのに、同僚、友達の家族、店員などのヒントを与えました。被験者は知っている有名人の顔も全てリストに記しています。

 

 そして次には、研究員は被験者にスライドショーで有名人の顔を見せて、被験者が事前に答えた有名人の顔の数と実際にスライドショーで認識した数との比を計算しました。(この実験は一般の人の顔では行われていません。というのも、有名ではない人の顔を集めるのは実現困難であるからです。)被験者が自分で作った有名人と一般人両方の顔のリストは、研究者が最終評価を下す手助けとなりました。

 

研究チームは、被験者の記憶には平均して約5000の顔がリスト化されていると結論付けました。その記憶容量は被験者によって大きく異なり、1000から10000という大きな差があるようです。この差はその被験者がどこで育ったかということに起因しているのかもしれません。ジェンキンスは被験者が田舎と都会どちらで育ったかということによって、テレビを始めとしたメディアへの接する割合の大きさが比例している為ではないかと推測しています。

 

 人々は小さく狭いコミュニティーから大きく連結しあう世界に移り住む様になったことで、顔を認識し覚える能力は重要になったようでした。“もし数百の顔を見分けられる認知装置を作り出したとしたら、それは数千の顔にも対応することが出来る装置であるかもしれない。しかし、私達が持ち合わせている記憶要領を拡張出来る様な方法を見つけ出さない限り、これは難しいことだろう。”とジェンキンスは述べています。

 

 

 私達が知っている顔のコレクションはとても素晴らしいものです。なぜなら、新しい顔を覚えるということはつまり、歳を重ねたり、話の場面によって異なる同じ顔立ちのものをある一つの顔として認識出来るからです。顔は、お化粧をしたり、髪を切ったり、5年月日が経ってば変わるものであり、部屋の明るさによって見え方も変わります。ジェンキンスによれば、“それぞれの顔を覚えるということはつまり、その人の多様性を覚えるということ”であるそうです。(忘れてはいけない重要な点は、一般的にほんの僅かな時間だけ見た顔を思い出すのは非常に難しいということだと彼は述べています。この欠損は、法や犯罪科学おける目撃証言などにおいてとても重要な点となります。)

 

 

 どれだけ多くの顔を認識できるのかを見極めることは、顔認識の弱点を理解することに値するとウィルマ・バインブリッジは述べています。彼女はメンタルヘルス国際機関の博士研究員であり、映像の認識と記憶に関する研究をしていて、認識出来る顔の多さはアルツハイマーを判定する目印となる可能性を持っているのではないかと示唆している人物です。

 

 バインブリッジによると、脳は対象記憶に関する大きな容量がありますが、顔を認識するのには特別な記憶過程があるということを根拠づける証拠がある、としています。人類は早い段階から顔の幾何学にさらされていきました。というのも、研究によると幼児は2つの並んだ点の下に1つ点がある画像(より顔を思わせる構図)を、1つの点の下に2つ点が並んだ画像よりも好むことを証明しています。また他の研究によれば、顔は視覚的に強い影響を持っていることを発見しています。この研究では、コンピューターゲームの参加者を対象に行われ、顔を含んだ画像と含んでない画像を見せた結果、顔がある画像の方がより記憶に残っていることが証明されています。

 

 

 進化における適応能力は特に人間の顔記憶の能力を説明することができます。また、感情や脅威のある顔は特により記憶に残るとし、ベインブリッジは次の様に言及しています。“知っている場所や知らない場所を把握することはそれ程大事なことではないかもしれませんね。だって、時間を掛けて歩き回ることが出来ますから。でも友達か敵か、即座に判断することはとても重要なことですね。”

上司は部下よりも精神が不安定?

最新の研究は、少しの精神異常はリーダーにとって有益であることを示唆しています。

 

 

 研究によると、リーダーは無情さや、大胆さ、そして支配する能力を備えることによってよりリーダーらしくなることが示唆されています。

 

精神が不安定で異常を来している人は、自分が力を得る為に他人を虐げてしまう傾向が強いことで知られていますね。この観点から言うと、CEOや政治家と犯罪者や暴力的な人との違いは、あからさまな反社会的行動を避ける能力の有無であると言えます。

 

だからこそ彼らは逮捕されることがないのですね。共感する能力のない人は、彼らの要求を通す為に乱暴に力を振るい、他人を傷付けるような自身の行動すら後悔することはありません。

 

 もしかすると、あなたやあなたの知り合いの周りには特に意地悪な性分で、他人の弱く低く見せようとすることに良心の呵責のない上司がいるかもしれません。どうやら彼らは他人を退けることばかりに気を掛けて、他人を傷付けたことなど意にも介さずに、他人の言動に目を光らせているようです。

 

 アラバマ大学のカレン・ランデイとその同僚による(2018)“悪の主君に使えるべきか?”という名の記事には、次の様に述べられています。精神異常者と同様に、モラルのコンパスを持ち合わせていない企業のリーダーは高く評価され過ぎている、と。そしてこの観念に基づいて発展した話は、“成功した精神異常者”に関した人気のある文献へと牽引するような興味を引くものでした。しかし、ランデイとその同僚達は、その話は重要な項目が抜けていると主張しています。

 

 

 彼女たちが主張するその見落とされている点とは、リーダーシップの発生とその効力の間の違いにあります。

 

精神的に病んでいる人たちは、他人を支配したいという欲望から素晴らしいリーダーになりたいと望みますが、彼らが全員悪い人であれば、きっと彼らはトップに立てるのでしょう。嫌な上司を思い出してみて下さい。

 

本当にそんな意地悪な人のために働きたいですか?

 

全力で彼らの野望を阻止したいと思いませんか?

 

休憩のコーヒーやランチタイムを見つけては、毎回内部告発者のシナリオを夢見て、同僚と策略を練ったりすることはありませんか?

 

だとしたら、ではどうやって個人が有能なリーダーになれるのでしょうか?

 

個々が頂点に上り詰めることが出来る方法は、上司を騙して上手く利用し出世させてもらうか、その上司を追い出すように弁護士をちらつかせながら恐喝するという悪意ある行動のどちらかしかありません。

 

 

 ランデイたちによると、以前の研究では十分に認知されていなかった重要な区別をきちんとする必要があると述べています。

 

まず始めに、精神が不安定な状態は簡単で単純なものではありません。精神異常を測るのにある一つの要素を用いることもありますが、研究者達は精神不安定者を多面的価値を持ったものであるという考え方をするように推奨しています。

 

その多面的な価値とは、内的支配(大胆さ)、衝動性(非抑制)、卑劣さや意地悪さ(共感能力の欠如)を指しています。

 

 その他の精神病に関連した方式は複数の想定性です。これは個人が他人好意を持ってもらえるよう振る舞うことで、他人に自ら道を明け渡させ、退けることに値します。

 

加えて、リーダーシップの発生を定義するのはとても困難です。ある人が重要な地位へと出世するかもしれませんが、それは2、3年しか持たないものかもしれません。もしかすると雇用主が彼にうんざりしてしまい、その出世した人は解雇になる前に辞職するかもしれませんよね。人々があなたに好感を持って、喜んであなたの為に働きたいと願うから、あなたは良いリーダーと呼べるのでしょうか?

 

それとも、あなたがしっかりとした企業理念や事業に関する考えがあるから、良いリーダーとなるのでしょうか?

 

例えば、あなたはあなたのボランティアグループに酷い扱いをしたとします。でもそのグループはきちんと募金を募ることが可能なのです。

 

 方法論や定義的問題とはまた別に、精神不安定者とそのリーダーシップとの関係には性別が何かしら作用しているのではないかとランデイたちは示唆しています。結局のところ、女性は重役に就くことが少ないという事実だけではなく、女性達はそのような重要な役職において必要な支配能力に優れていないということはよく知られています。女性は男性と同じ様に“邪悪な”振る舞いをすることは難しく、他人からそう受け取られることは難しいのです。

 

 

 出版の是非に関わらず、ランデイたちの研究基準に合った文献を参照した後、彼女達は92名の被験者を得ることに成功し、リーダーシップの発生、効果、“変化的”リーダーシップ、そして高い倫理基準に基づいて支持者を感化するタイプのリーダーシップに関連したデータを得ることが出来ました。研究グループは、精神異常とリーダーシップの関係を男女それぞれ調査するだけではなく、リーダーシップの質を予測するのに適切な精神の不安程度を計測するための可能性を調査にも熱心でした。

 

 

この膨大な量の研究データによると、研究チームはほんの少しの関連性を精神異常とリーダーシップの発生の関係に見つけることに成功し、同時に精神異常と効率性との関係を否定する要因を僅かに見つけました。予測がつくかもしれませんが、精神が安定していな人は変化的リーダーシップを測る値が低いことが分かりました。

 

面白いことに、地位が低い者が上司を評価する際、精神の不安定性と変化的リーダーシップの関係は、自分自身を評価するときよりも弱いことが分かりました。

 

しかし、性別という要素がこの調査に入り込むと、状況は大きく変わります。精神が不安定の男性はリーダーになれる一方で、女性はリーダーとして台頭することはありませんでした。同様に、有能性において精神不安定の男性は高く評価されたのに対し、女性は低く評価されました。

 

つまり、全体的に精神性とリーダーシップの関係はどうやらそのリーダーとなる人の性別に大いに関係している様です。最後に、ある程度の精神異常はリーダーにとって変化性を含むリーダーシップにおける全ての局面においてなにかしらの効果があることが分かりました。

 

 

 筆者は次のように結論付けています。多様な研究にわたる実験的精密な調査の元では、リーダー素質のある精神不安定者にはある種の恐怖が備わっていることが分かった、と。その効果は小さいながらも、“実験において潜在的に大事なもの(p.8)”であるとしています。しかし、多ければ多い程良いというものではなく、適度な精神の不安定性が、個々をリーダーにし、より効果的で変化的なものへと変えることができる様でした。一方で女性の場合は話が異なり、精神病的女性は性格の特色が職場に裏目に出てしまうようです。家庭において女性は精神の不安定性を反社会的と捉えずに態度に表すことがありますが、感情は邪魔なものと捉える職場においては感情の爆発として良く見られないようですね。

 

 

まとめ

 

精神の不安定性とリーダーシップの獲得との間には、単純単一な関係性や繋がりは見られないようでした。分かったのは、女性は男性と比べ、その精神不安定性を表わすと困難に直面することが多いことと、一方精神に異常を来している男性は、その精神不安定な状態は彼らを頂点に上り詰める後押しをしてくれているということでした。少し相手に良く接することは、自分が夢見るキャリアへと続くより長い道を選ぶということに等しいのかもしれませんね。

セックスはパートナー候補との交際を始める手助けとなる?セックスはどのように働くのでしょうか?

他人同士の間の深い心からの繋がりを生む為に、セックスはどのように働くのでしょうか?

 

 

 性的欲求は交際相手候補との距離を初期的に縮める強い動機付けとなり、性交渉や妊娠を促進させる結果となります。愛情を欠いた性的行動の場合は、一夜限りのものとなります。しかし、性的欲求はもしかすると交際相手候補との距離を縮めるだけではなく、お互いの愛情が芽生えることを促進させているかもしれません。

 

 

 しかし、その欲求が単純に生殖行動の動機となるのか、愛着のみを促進させるのか、果てはその欲求が直接的に最近知り合った人同士の間に深い繋がりを与えることが出来るのかどうか、はっきりとは判明していませんでした。実際、性的欲求と深い愛着は直接的に関係があるわけではないようですが、進化論と社会における過程の中で人類は性的に引きつけられた相手に恋愛的に愛着を覚えるように変わってきているようです。

 

 

 最近社会人間関係に関する雑誌において、先程述べたポイントについての研究が発表されました。私と私の同僚による4つの研究では、新しく出会った異性同士は、顔合わせの際に性的欲求が深い感情レベルの繋がりを築く可能性を生んでいることが確認されました。

 

 

 1つ目の研究では、新しい顔見知りに対して即座のコンタクト(コミュニケーション、例えば同調、身体的接近、頻繁なアイコンタクト等)のような言葉を用いない行動に意欲を示すかどうかを研究しました。これを調べるため、参加者は既に録音された音楽を対する魅力的な異性とともに口パクで同時に真似をするという実験を行いました。これはビデオ録画のもと行われています。そしてその後、参加者は相手に対して欲求を感じるかどうかが測られました。その判断として、参加者がどの程度相手に対して即座に態度を示したか、そしてどれ程シンクロしていたかということを確認しました。参加者の相手に対する欲求は、相手に即座に対応する態度の中に隠れて表れ、同調の中にも同様に表れていることが参加者、その相手、そして測定者によって確認されました。

 

 

 2つ目の研究では、1つ目の研究を別の方法を用いて繰り返しました。今回はより親密な状況として口パクで真似をするのではなく、スローダンスを用いて、よりロマンチックな状況を作り出しています。また研究1の発展として、恋人候補との将来的交際に対する興味を測るという過程も追加しました。この研究が目指したのは、被験者が異性とスローダンスを踊ることによってその後相手に対して性的欲求の度合いが上がるかどうかを観察することであり、その程度を測る方法として、お互いに上手く息が合っていたか、そしてその相手に再び会いたいと思うかという点を考慮しました。結果は、参加者の相手に対する欲求は、彼らが相手に上手く息が合っていたかどうかに関連していることが分かり、更には相手と交際することへの興味が予測出来ることまで判明しました。

 

 

 研究3と4では生殖器の活動と性的ではない態度(問題があれば対処出来る状況下で)のふとした繋がりを生む様に計画されました。これは交際相手候補との関係を開始させる戦略的意図だけではなく、長期間に渡る繋がりをサポートする役割も見込んで設計されました。

 

 

 研究3では被験者は性的刺激(自然刺激と対になるもの)に意識下でさらされました。具体的には、被験者はデートの際の食事、服、場所の好みについて7つあるカテゴリーの中でそれぞれ二者択一の選択をしてもらいました(例、服の色:黒か青、場所:バーかレストラン)。そしてその選択をする前には男女それぞれ性的状況(被験者が女性の場合:魅力的な裸の男性が横になり、股間から上が見える状態。男性の場合:魅力的な裸の女性がひざまずいた状態を後ろから撮影した状態)又は普通の状況のいずれか潜在意識内でさらされました。

 

 

 

 そして参加者はいくつかの対人関係のジレンマ(例、“恋愛の最初で恋の駆け引きをすることについて酸性化反対か?”)について異性の相手と話し合いました。この間被験者はビデオ録画されていることを知りません。判断方法として、話の途中で参加者が相手に対してどの程度反応的で気を遣う態度に出ているのかを観察しました。この実験で、参加者は性的状況を経験した後の方が相手に対してより多く反応を示すことが分かりました。

 

 

 

 実験4では、生殖組織をより生態的な方法で活性化させることに焦点を当て、実際に現実である性的刺激の場面(ビデオを見る等)がどのように交際を開始させようとする行動(助けようとする態度など)に影響を与えるのかを観察しました。具体的にまず被験者は性欲を刺激するビデオ(ポルノ/アダルドビデオではないもの)又は普通のビデオのいずれかを見ます。そしてその後被験者は他の被験者とともに口頭推論に関するアンケートに5分間にわたって答えるよう信じ込まされます。そして調査員は魅力的な異性の仕掛人を紹介し、対象とした参加者の隣に座らせて、質問に答えている間は話をしてもいいことを伝えてから部屋から出ます。

 

 

 

 仕掛人は3つ目の質問にさしかかったふりをして隣の被験者の方を向いて“この問題でつまずいてしまいました。手伝ってもらえませんか?”と質問の手助けを請います。被験者の助けようとする態度は次の様な方法で測られました:

 

(a)相手を助け始めるまでの時間、

(b)質問を特までにかかった実際の時間、

(c)実際の手助けの質。

 

注:(a)(b)はそれぞれ仕掛人がポケットの中に隠したストップウォッチで計測します。

  (c)これは後に仕掛人によって評価されます。

 

 

 全体を通して、私達の研究は無意識の性的刺激でさえ言語または非言語の態度を引き出すことを明らかとし、そしてその態度は反応の迅速さだけではなく、相手の幸せに対する気遣いが表れていることを突き止めました。つまり、我々の研究は知らない2人が出会い、性的欲求をお互いに感じると将来の交際に対する興味はもちろん、その交際に投資する意志を表わす様な行動や態度が急速な増加することを示しています。こうした態度は、より深い感情の繋がりを育む状況を作り出す手助けとなります。強い欲求は新しいパートナーを引きつける一方で、長期間の繋がりをサポートする態度がそこから現れるということを、ここでもう一度述べておきましょう。

1 2 3 7