どれだけ多くの顔を覚えていますか?

顔を認識する記憶力はもしかすると無限かもしれません。

 

 人生において私達は顔の認識を記憶に頼っています。例えば、私達は小学校のクラスメイトを思い出したり、朝の出勤を共にするご近所さんやお気に入りのドラマの俳優の顔などを思い出せますよね。ですが、どれ程多くの顔を長期的記憶にしまっておくことが出来るのでしょうか?

 

 ヨーク大学の研究者はその数を把握しようと奮闘し、人々は平均約5000の顔を記憶していることを突き止めました。この数値は私達が認識する顔の数であって、私達が認識可能な上限の数値ではありません。

 

 “覚えられる顔の数には、もしかすると上限がないのかもしれません”、とこの研究の先導的筆者のロブ・ジェンキンスは述べています。この研究はロイヤルソサエティーBの進行と題された雑誌に敬されています。私達が認識出来る数千の顔の数は、私達の知的能力のほんの一部分でしかないのかもしれません。

 

 ジェンキンスとその同僚達は18歳から61歳までの被験者25人を集め、彼らに自分がはっきりと認識出来る顔のリストを作成してもらいました。研究者たちは被験者の記憶を刺激するのに、同僚、友達の家族、店員などのヒントを与えました。被験者は知っている有名人の顔も全てリストに記しています。

 

 そして次には、研究員は被験者にスライドショーで有名人の顔を見せて、被験者が事前に答えた有名人の顔の数と実際にスライドショーで認識した数との比を計算しました。(この実験は一般の人の顔では行われていません。というのも、有名ではない人の顔を集めるのは実現困難であるからです。)被験者が自分で作った有名人と一般人両方の顔のリストは、研究者が最終評価を下す手助けとなりました。

 

研究チームは、被験者の記憶には平均して約5000の顔がリスト化されていると結論付けました。その記憶容量は被験者によって大きく異なり、1000から10000という大きな差があるようです。この差はその被験者がどこで育ったかということに起因しているのかもしれません。ジェンキンスは被験者が田舎と都会どちらで育ったかということによって、テレビを始めとしたメディアへの接する割合の大きさが比例している為ではないかと推測しています。

 

 人々は小さく狭いコミュニティーから大きく連結しあう世界に移り住む様になったことで、顔を認識し覚える能力は重要になったようでした。“もし数百の顔を見分けられる認知装置を作り出したとしたら、それは数千の顔にも対応することが出来る装置であるかもしれない。しかし、私達が持ち合わせている記憶要領を拡張出来る様な方法を見つけ出さない限り、これは難しいことだろう。”とジェンキンスは述べています。

 

 

 私達が知っている顔のコレクションはとても素晴らしいものです。なぜなら、新しい顔を覚えるということはつまり、歳を重ねたり、話の場面によって異なる同じ顔立ちのものをある一つの顔として認識出来るからです。顔は、お化粧をしたり、髪を切ったり、5年月日が経ってば変わるものであり、部屋の明るさによって見え方も変わります。ジェンキンスによれば、“それぞれの顔を覚えるということはつまり、その人の多様性を覚えるということ”であるそうです。(忘れてはいけない重要な点は、一般的にほんの僅かな時間だけ見た顔を思い出すのは非常に難しいということだと彼は述べています。この欠損は、法や犯罪科学おける目撃証言などにおいてとても重要な点となります。)

 

 

 どれだけ多くの顔を認識できるのかを見極めることは、顔認識の弱点を理解することに値するとウィルマ・バインブリッジは述べています。彼女はメンタルヘルス国際機関の博士研究員であり、映像の認識と記憶に関する研究をしていて、認識出来る顔の多さはアルツハイマーを判定する目印となる可能性を持っているのではないかと示唆している人物です。

 

 バインブリッジによると、脳は対象記憶に関する大きな容量がありますが、顔を認識するのには特別な記憶過程があるということを根拠づける証拠がある、としています。人類は早い段階から顔の幾何学にさらされていきました。というのも、研究によると幼児は2つの並んだ点の下に1つ点がある画像(より顔を思わせる構図)を、1つの点の下に2つ点が並んだ画像よりも好むことを証明しています。また他の研究によれば、顔は視覚的に強い影響を持っていることを発見しています。この研究では、コンピューターゲームの参加者を対象に行われ、顔を含んだ画像と含んでない画像を見せた結果、顔がある画像の方がより記憶に残っていることが証明されています。

 

 

 進化における適応能力は特に人間の顔記憶の能力を説明することができます。また、感情や脅威のある顔は特により記憶に残るとし、ベインブリッジは次の様に言及しています。“知っている場所や知らない場所を把握することはそれ程大事なことではないかもしれませんね。だって、時間を掛けて歩き回ることが出来ますから。でも友達か敵か、即座に判断することはとても重要なことですね。”