なぜ境界線がないと、燃え尽き症候群を引き起こすのか?仕事の境界線をなくすと、生産性の低下や燃え尽き症候群のリスクを高める?

様々な種類のリーダー(中間管理職からトップの管理者まで)をコーチし、ストレスの軽減やワークライフバランスの向上、効率的生産を助けてきました。

 

 

時は流れ、問題の本質を探ると、核心が見えてきました。同僚やクライアントとの境界線の低下が、貴重な時間や労力を奪い、生産性や効率性の壁となっていました。

 

 

もしこれが起こったとしたら、妨害をされて仕事をコントロールできなくなります。ストレスは最大になります。

 

 

仕事のストレスは、燃え尽き症候群を引き起こします。境界線の低下が作業負荷、優先事項、抱えきれないほどの負担をもたらします。良いニュースもあります。境界線への対策を一度行うと、ストレスレベルは下がるでしょう。よりフォーカスし、物事を終えるために時間と労力をよりかけるようになります。こうすることで、自信を高め、どんな恐怖も調整し、盾となります。

 

 

問題の本質を照らすかもしれないいくつかの考えをご紹介します。境界線を作ることを手助けし、不必要な混乱を減らし、素晴らしい仕事ができます。

 

 

 

1、重要な仕事をする時間を分け、守る

 

最初に、何をするべきなのか考えましょう。私がコーチしている多くのリーダーは、たくさんの邪魔が入ると文句を言っています。チームや企業の他の人からの妨害が入るので、ハイレベルな考えや計画に割く時間があまりありません。

 

 

何をすべきか、何時間それをするかを考えましょう。スケジュールのいつに入り込むかを決めて、それを実行しましょう。

 

 

そうする方法はいろいろあります。あるクライアントは「邪魔しないでください」というサインで、ドアを閉めると言っていました。その時間は、eメールやオフィスチャットシステムをログオフします。彼女は、1日の仕事時間のある時間は他にとっておき、チームにも知らせています。緊急以外は、邪魔なしで作業します。

 

 

もちろん彼女のやり方を進めるべきでしょう。同僚はドアをノックするかもしれません。電話するかもしれません。緊急ではない時に。深刻に話すべきです。境界線が欲しい時は、真剣に話してください。丁寧に、しかし、そうする必要があることをはっきり言いましょう。そして理由も教えましょう。

 

 

他の人がそのリクエストをリスペクトしない場合、私のクライアントは、重要な仕事をするためにどこかへ行きます。時折、すべきことをします。これは、平静さや生産性のためだけではありません。企業や従業員のためでもあるのです。

 

 

2、非現実的な期待をしない

 

心配性な人ですか?ハイレベルな仕事をしていますか?ベストをこなしていますか?他の人から頼れる人だと思われている人でしょうか?これは良いことです。真面目な性格は仕事の成功の鍵となります。トップリーダーは、真面目な人々の傾向があります。

 

 

残念なことに、真面目さは悪い部分もあります。境界線の原因ともなります。

 

 

真面目さが仕事のスタンダードになっていますか?必要でしょうか?

 

 

あるケースでは、ある管理者がクライアントに「訓練を受けた」と期待しているので、即座に反応することができます。週末でもです。バケーションの時もです。成功の一旦をになっていますが、持続することはできません。彼は危険にも境界線を作ることができなかったのです。そのため、悪いことが起こりました。

 

 

他人に反応するのに時間をかけるようにしました。適切なことをするようにオファーしました。しかし、トップをやめたわけではありません。週末は、携帯の電源を切り、手の届かないところにおき、月曜の朝までは取らないようにしました。休暇中は、自動返信機能を使用しました。

 

 

世界は終わったわけではありません。事実、他のポジティブな変化と組み合わせました(飲み会を減らす、睡眠をよく取る、リラックスする何かをする)数ヶ月後には、新しい人物になりました。仕事をより楽しめるようになったのです。

 

 

これはあなたのシチュエーションに似ているかもしれません。賢く小さな変化を始めることを推奨します。境界線を作る機会を探してください。見つけることができます!探し始めましょう!

 

 

3、個人的に必要なものやそれに従って行動しましょう

 

 

あなたは内向的ですか?外交的ですか?

 

 

外交的な人は、人と一緒にいることでエネルギーをもらえます。パーティーやソーシャルイベントが好きです。いろんなことを話すことが好きです。境界線のない会社を好みます。

 

 

内向的は、社交性に欠きます。一人の時間を好みます。開けた会社なんて悪夢です。燃え尽き症候群のリスクが高まります。

 

 

社交性にストレスをかかえるクライアントがいました。彼女は、過重労働をかかえていましたが、ストレスの根源を見つけ、コントロールするようにしました。

 

 

「同僚が絶えずデスクにやってくるの」と彼女は話しました。「話をして、コーヒーやランチに誘うの。ゴシップや文句が好きなのよ。本当に疲れるわ。」

 

 

彼女は内向的でしたが、気づいていませんでした。彼女のコーヒーやランチ「休憩」は、仕事よりも重荷になっていました!彼女は、境界線を作る必要があり、そのため、休憩を息抜きの時間にすることができたのです。

 

 

最初にコーヒー休憩の時間を確保しました。彼女は、誘いを断り、その答えに納得しない人がいたら、散歩に出かけました。そうすると、誰も彼女を見つけることができません。次に、火曜日に「グループランチ日」を設定しました。他の日は、一人でランチを食べるのです。

 

 

また、通勤時間を解放時間にするようにしました。「機内モード」にします。Eメールをチェックする必要もないし、電話も来ません。その代わり、ソフトな音楽やリラックスのできる音楽を聴きます。こうすることで、帰宅してすぐにリラックスする時間にあてなくてよくなりました。リラックスして帰宅できるからです!

 

 

仕事で何がストレスか詳しく調査することをお勧めします。何をしているのか、本当に必要ではないし、疲れることは何ですか?どのように人の期待に応えることができますか?どのように境界線を作り実行できますか?

 

 

たくさんのコントロールできることがあると思います。それに気づき、新しく取り入れて、変化を起こしてください。ストレスも少なく変化を助けることができます。

感情的なトリガーを落ち着かせる方法5選とは?

感情的なトリガーは癒すべき傷です。

 

 

感情的なトリガーは何でしょうか?
他人の言動によって影響を受けるあなたの心の中のことです。

 

 

トリガーが引かれると、感情を引き出し、傷ついたり怒ったりします。おそらく後から後悔することになるでしょう。傷つくことを恐れて、反応がとても激しくなります。

 

 

例えば、同僚が「この仕事するほど賢くないよな」や「年取りすぎてパートナー見つからないだろう」などを言うと、トリガーが引かれることです。

 

 

怒り、自分自身を疑い、劣等感を感じるか、さらにひどいことに「危機を乗り越えた」と勘違いします(乗り越えるべき「危機」なんてありません)

 

 

一方で、「そんなバカな。もちろん自分はこの仕事に適している。」や「何歳であろうと、素晴らしいパートナーが見つかるはず。」と思ったら、自分の価値を信じているのでトリガーを引かれることはありません。

 

 

感情のトリガーは癒すべき傷です。そのトリガーは恐怖からきています。全く現実ではありません。しょっちゅうトリガーを引きたくないですよね。特に、神経質な人にとっては、疲れるし、辛いです。

 

 

感情的なトリガーを癒すには、「私はバカだ」や「私は神経質すぎる」という、家族や社会から得た自分の本質を、慎重に調べて、変えましょう。

 

 

自分自身の欠点だと思う部分に優しく接する必要があります。また、自分の身体のイメージや価値について疑ったほうがようでしょう。最初のトラウマや過去の失敗を癒すには、感情を吐き出しましょう。そうすれば、簡単にトリガーを引かれることはありません。

 

 
 

 

下記の戦略を使用し、感情的トリガーを癒していきましょう。

 

 

1、気づく。

 

日記に、感情的トリガートップ3を書き出す。例えば、体重や見た目をバカにされた時は?仕事に見合った報酬を得ない時は?自分は健全な関係を築けるほど魅力がないと感じてしまっていませんか?癒すべき自分の一面を明確にするために書き出しましょう。

  

2、トリガーの根本を発見しましょう。

 

トリガーの根本が何か日記に書きましょう。例えば、恋人に「デブ」やブスなど言われたことはありませんか?過去に教師に落ちこぼれと言われたことはありませんか?家族から無視され、愛を感じずに成長したことはありませんか?トリガーの根本を知ると、自分のことを深く知ることができます。

   

3、ネガティブな考えを変えましょう。

 

最も影響力の小さい感情的なトリガーから始めましょう。慎重に変えていきましょう。自分自身に「本当ではない」と言い聞かせましょう。本当のことは、「私はかわいい、価値があって、賢い」と言い聞かせましょう。ネガティブな考えをポジティブでより現実的なものに置き換えましょう。

   

4、なりきって行動しましょう。

 

癒すプロセスのスタートには、「なりきって行動」が必要です。新しいポジティブな考えが最初は完全に受け入れられないでしょう。それでも大丈夫です。例えば、誰かに「私はそう思いません。素晴らしい仕事をする価値のある人間です」と言うだけでもよいです。(完全にそう信じてなくても大丈夫です)後に、信じることができるようになります。もしくは、「私の神経質さを誇りに思っています、なくさないで下さい」と言います。それがいずれ本物になるためにもっと賢明な行動を練習する必要があります。

   

5、セラピストやコーチの助けを借りましょう。

 

トリガーの根本や感情が起こるプロセスを探す手伝いをすることは役に立ちます。もしかしたら、家族が信じてくれないことに果てしない怒りや悲しみを感じているかもしれません。そのため、自分を信じることができないのかもしれません。感情を説明し吐き出すことは、トリガーを癒すことを助けます。あなたの本当のパワーを受け入れるために進むことができます。

    

他人の不適切な言動に踊らされることはなくなるので、トリガーを癒すことは開放感を与えます。もしかしたら、まだ他人をうっとおしく感じるでしょうが、あなたを閉じ込める力を持っていません。感情的なトリガーを癒せば癒すほど、感情的に自由になるのです。  

自己を思いやることのパワーとは?

私達はあまりにも多くの時間を自己批判に費やしてしまっています。
ぜひこの科学に裏付けられた練習を用いてみましょう!

 

 

 

とても仲の良いあなたの友達がテーブルの向かいに座っている所を想像してみましょう。その友達は今日仕事をクビになって、もう泣き出す寸前です。励ましの言葉を必要としていることは明らかですよね。

 

 

 

そう、あなたはいつも通りにこの場面に対処しますよね。威圧的な声に変わって、あなたはこんな風に言うでしょう、「ま、もっとマシに仕事出来るべきだったよね。それに、人生台無しにしちゃったね」と。

 

 

 

まさか、自分は弱っている友達にこんな風に話したりしない(とあなたは考えているかもしれません)。でももしかすると、あなたはそんな行動を本当にとっているかもしれません…

 

 

ではもし仕事を失ったのがあなただったとしたら?

 

 

それか暴食してしまって食生活を乱してしまった時はどうでしょうか?失敗した時や辛い時、自分はどうやって自分自身に声を掛けますか?

 

 

 

研究によれば、友達と接する時と比較してあなたは自分自身に対してかなり厳しく接している可能性があることを示しています。更に研究は、我々の多くが驚く程多くのエネルギーを自己批判に費やしていることを証明しています。「自分は本当にダメなやつだ」「やる意味なんてない」といった具合に、自分を痛めつけているのです。

 

 

 

なぜ私達は自分達に対してこの様な態度を取ってしまうのでしょうか?

 

辛い状況に陥った時、自身をくじけさせることが助けになるはずだと考え、否定的な人を探すものですか?

 

自身を厳しい批判によって萎縮させることが、自分の立ち直る力を強めてくれるのでしょうか?

 

 

 

大抵はそうではないはずですよね。助けにはならないのです。実際に研究によると、自身に対する同情性が高い人ほど鬱を経験することが少なく、モチベーションが上がり易い上に、より楽観的で幸せを感じ、人生により高い満足度を感じる傾向があることが分かっています。

 

 

 

ヒッピー的に“いい感じ”を経験するのとは程遠く、自己に対する同情/思いやりというのは健康や富、幸せを向上させるということが証明されています。自己同情は、素晴らしい行動促進剤であり、より素敵な幸福を得ることを可能にする方法なのです。

 

 

自身を痛めつける代わりに、自己を思いやることを試してみましょう。私達が自身暗鬼を感じる時や、成功に向かう途中で感じる困難から抜け出すのをきっと手助けしてくれるはずです!

 

 

“自分を思いやる”とは何か?

 

手短に言うと、欠点や失敗、その他辛いこと一般に対する理解であったり、自身の励みとなるもののことを指します。しかし科学においては、三つの重要な要素を含んだより大まかな定義が設けられています。自己に対する思いやりを持つには次の三つの要素が必要です:

 

 

マインドフルネス

もし自身を慰めて、次回より良くする為には、自分が苦しんでいることや失敗してしまったことをまずは認める必要があります。ミスを犯したり、失敗してしまっても大丈夫。でも、自己向上の為にはその時にきちんと自身の感情や行動に向き合うことが必要です。

 

 

我々の精神は、苦痛を押さえる驚異的な鍛錬や、過去に自分がしたことに対する非難を客観化することが可能です。自分を思いやることは、より批判の少ない方法で自分と向き合うことを促進するので、私達は良い方向へと変わっていくことが出来るのです。これを維持する為には強い意識性が必要なので、自分を正しく思いやる為にはマインドフルネスが必要不可欠となります。

 

 

 

共通の人情

この要素は、人は誰でも悩みを抱えていると意識することです。インスタグラムでは誰もが素晴らしい瞬間をずっと過ごしているかのように見えますが、それは大抵うわべにしか過ぎないものです。

 

辛い時期というのは本来、人間の誰にでもあるものなのです。どれほど多くの有名人が中毒克服のリハビリ施設に送られたのか考えてみて下さい。“成功している”人達のどれ程が人生に不満を抱えているか、考えてみても良いでしょう。私達はみな完璧な存在ではありません。時には悩んだりするものであり、それで良いのです。悩んでいるのは自分だけではないということ、そして自分の不完全さによって孤独感を感じるべきではないということに気付くことは、私達をほっとさせてくれます。

 

 

 

自分への優しさ

これは他人に接する様に自分に接するということです。自分を叱るのではなく、自分の大切な家族かのように接するべきであり、そうすることによって既に自分を思いやる生活スタイルへの一歩を踏み出していけるのです。

 

 

次回躓いてしまった時には、しっかり立ち止まって、痛みをきちんと意識してみましょう。そして誰もが悩みを抱えることを思い出して、自分に温かい優しさを与えてみて下さい。そこにはもしかすると希望の光が射すかもしれません。自分の中に強力な味方がいることは自身のとてつもないパワーの源となります。その力を役立たせる方法を学んだ時、私達はより幸せで成功が待つ場所へと進んでいくことが出来ます。

 

 

 

自分を思いやる練習

 

スコット・バリー・カウフマン教授によるペンシルバニア大学のポジティブ心理学入門で用いられた思いやりの方法を見てみましょう。教授助手として私がこの授業に携わった年、この方法が今までの授業の中で一番為になったと生徒達が伝えてくれました。自分を扱い方をより意図的に向上させるとても素晴らしい方法です。ぜひ試してみて下さい!

 

 

現在感じている困難や、ストレス、悩み事を頭に想い描いて下さい。この辛い経験に対して第二者の視点に立って、自分に向けて思いやりの手紙を以下の書き方にそって書いてみて下さい。

 

自分がその辛かった状況やことについて思い出させてあげて下さい。そして自分の感情や考えを認めてあげてましょう。それと同時に自分がどうしたかったのか、何が必要だったのかも考えてみます。

 

例:「ケリーへ。[悲しい、心配、苛立たしい、失望した]という気持ちを抱えていることを私は知っています。あなたはとても[楽しみにしていた、一生懸命だった]よね。…」など。ストレスとその下にある健康への願い、安心感、愛情、感謝や正しい評価、繋がり、達成感といった重要な部分両方について手紙を書きましょう。

 

 

人情的メッセージを付け加えましょう。

 

例:「どんな人でも間違えることはあるし、失敗したり、怒って、失望して、失う気持ちを知っているよ。」
そうして最後に思いやり溢れたアドバイスや励みとなるメッセージと共に自身を諭してあげましょう。この状況で、あなたなら大切な人になんて言葉をかけてあげますか?この手紙を書き終えたら、声に出して自分に読み聞かせるか、一度仕舞って自分が必要だと思う時に再び取り出してみましょう。

 

 

この手紙を書くという方法は、幸せを強化するという効果を示しています。研究では、被験者が一週間毎日続けてこの手紙を自分に書き続けたところ、何もしなかったグループと比べ、より高い幸福感を実験の半年後でも感じていることが分かりました。(シャピラらによる研究、2010年)

 

 

この方法についてどう思いましたか?

簡単だったでしょうか?

虹やキラキラとしたものが自分から溢れて来るように感じましたか?

 

そうであれば素晴らしい!

 

一方で、この方法を難しく感じたり、馬鹿馬鹿しいと感じましたか?

 

 

そうだとしても無理はありません。

 

多くの人はこの方法を初めて取り入れる時、同じ様に思います。しかし、この方法を繰り返すことはあなたの気分を高め、自分への思いやりを高める手助けとなる素晴らしい強力な方法となります。しばらくすると、自分に対する深い思いやりはより自然に感じる様になり、習慣化します。ぜひ試して、自分で実感してみて下さい。

 

あなたはその効果を実感する価値がある存在です!

ナルシシズムには、新しい利点がある?精神的に強く、開放的?

精神的に強く、開放的であることはナルシシズムのポジティブな効果なのでしょうか?

 

 多くの人は否定するかもしれませんが、我々は皆ある程度ナルシストです。どの程度自分がナルシストか知っていますか?もし興味がある場合は、こちらの双方向のオンラインアンケート、ナルシスト性格調査表(NPI、学術目的のナルシスト傾向調査)を利用すれば5分で結果が分かります。もしくは、ウルバナキャンペーン、イリノイ大学新理学部のR・クリス・フラレイによって作成された“人格、リーダーシップ、自尊心”のアンケートを利用することも出来るでしょう。どちらのテストも心理学的助言となるものではありません

 

 

 最近では、今まで固定観念を持って見ていたナルシシズムに対する考え方を再調査の必要性を正当に理由付けるような、革新的な研究がありました。

 

 

準臨床的ナルシシズムは精神的強さと学校でのより良い成果を出すことに繋がりがあるかもしれません

 

 

 まず始めに、最近の国際的な研究は、順臨床的にナルシシズムの傾向が見られた青年は強靭な精神と学校においてよりよいパフォーマンスをする傾向があることを発見しました。準臨床的ナルシシズムは臨床的な行動や症候群(誇張や独占)を含んでいるものの、著者はすかさずナルシスト的な数値が例え高かったとしても、それは必ずしも人格に異常があるというわけではないということを指摘しました。一般に、準臨床的ナルシシズムは精神病理学的異常とされる自己陶酔性人格疾患(NPD)とは区別されます。

 

 

 “長期のナルシシズム、精神の強さ、学校における成果の関係性”という論文が人格と個々の相違という雑誌において2018年9月に発表されました。

 

 

 この論文からの大きな収穫は、思春期において準臨床的ナルシシズムは精神の強さに肯定的に相互関連しているということです。筆者は人格の汚点とされる3つ(ナルシシズム、精神病、マキアベリズム)について再考する必要性も結論として述べています。調査員によれば、一般的に精神の強靱性を見せた人は、プレッシャーがかかる場面や様々な状況においてその人にとって最高のパフォーマンスが出来るということを意味しています。

 

 

 この研究は、第一筆者としてコスタス・パパゲオルジウス、監督はベルファストにあるグイーンズ大学心理学科にあるINTERRaCt研究所とその共同者であるユリア・コヴァス、そしてロンドンのゴールドスミス大学InLab、ロンドンのキング大学、マンチェスターメトロポリタン大学、不ダースフィールド大学、そしてオースティンにあるテキサス大学の監督によって行われています。

 

 

ナルシシズムは単に“良い”“悪い”と捉えられるものではありません。一様に“ナルシストだ”と烙印を押すのを止めるべきです。

 

 

 パパゲオルジウスのナルシシズムに対する耐えない悪口に関する仮説はとても斬新なものです。というのは、私の知る限り彼は、準臨床的ナルシシズムの微妙な違いを調べ、一般に言う“ナルシシスト”は良い特性であるかもしれないと推測した数少ない人物だからです。(詳細は“私達が「ナルシスト」というレッテルを貼るのを止めるべき理由”)

 

 

 “順臨床的にナルシシズムと判断された人は、自尊心が高い為によりやる気に満ちて、はきはきとしていて、決まった状況下で成功し易い”とコスタス・パパゲオルジウスは述べ、次の様にも語っています。“自分の能力に自身を持つということは雄大なナルシシズムの重要なサインの1つであり、精神の強さにおいて中心となるものです。もし精神的に強いのであれば、チャレンジを喜んで受け入れ、そのチャレンジを自分の成長する機会として受け取る傾向があります。社会集団として、ナルシシズムの捉え方を見直すことはとても重要です。私達は感情や個人の特色を良い悪いと受け取ってしまいますが、心理学的特質とは進化の賜物であり、それらは良い悪いと判断されるものではなく、適応性があるか、順応性があるかと考えられるものです。私達は型にはまった社会道徳を人間の本質の表れを取り入れ、賞賛するべきかもしれませんね。”

 

 

 パパゲオルジウスは最近別の追跡調査(“ナルシシズムの強固な精神による鬱症候群への良い効果:ナルシシズムは3大の悪かもしれないが、世界が少し明るく見えるのを手助けしてくれます”)においてこのテーマを取り上げています。この記事はオンラインでヨーロッパ精神医学雑誌にて2018年11月1日に発表されました。

 

 

 この記事をユニークにさせた点は、パパゲオルジウスとその同僚達が、準臨床的ナルシシズムと精神の強さ、五大国の経験に対する開放性(OE)の特性、恐怖/脅威よりも成長/冒険性への適合評価の関係性を突き止めたことです。

 

 

筆者は次のように述べています:

“挑戦への適合とOEの間の繋がりは,チャレンジに強いとされる個人が変化を受け入れ、新しい経験を脅威というよりも成長の機会として捉えている、という事実から概念的に証明されます。集合的に準臨床的にナルシシズムの値が高く、精神が強いと判断された人は特に経験に関して寛容であるかもしれないということをこの実験による発見は示しています。取り分け彼らは新しい機会を個人の成長の機会と捉える傾向と自信を持っている様です。”

 

 

 経験や新しい機会に対して寛容な準臨床的ナルシシズムが促進する上向き傾向に加えて、パパゲオルジウスらの革新的研究は準臨床的ナルシシズムがより少ない鬱症候群と関係があるかもしれないということを示唆しました。実際に準臨床的ナルシスズムからより強い精神や良い結果へ繋がる“軌道モデル”はより低い鬱兆候の信頼性のある強い指標であることを筆者は発見しています。明らかにこの結果は準臨床的ナルシシズムは鬱兆候の変化において大まかに言っても約3割関連していることを示しています。

 

 

 しかし注意点がいくつかあり、この研究では長い制限事項(全階層的デザイン、自己報告アンケートなど)があります。前述された準臨床的ナルシシズムの良い面を“見せかけの恩恵”として報道する前に慎重にこの問題を取り扱うことはとても大切です。そしてもちろんNPDは数えきれない程多くのマイナス面を含んだ自己障害であるということを再び主張する経験的で逸話的な証拠はたくさんあります。

 

 

 筆者は次の様に結論付けています。“現在の調査は直接理論的で間接的な応用的関与を持っています。発見は準臨床的ナルシシズム(SN)がポジティブ(雄大)さとネガティブ(脆)さ両方の局面を持つ複雑な性格特色であることを裏付けています。精神の強さ(MT)を含む前社会特性との関係を調査することは、準臨床的ナルシシズムの適応傾向を識別し促進させようとする時に特に便利です。

 

 

他の個性特性(例、経験への寛容性)と、誇張的ナルシシズムと脆いナルシシズムの違いを区別することを考える一方で、SNからより高いMTへの規範となる方針を研究することは、精神医学において変化を説明し予測することとなるかもしれません。個性の特質の適応性を考慮することは、ジョイント介入プログラムはむしろ順応的側面の準臨床的ナルシシズムを促進し、憂鬱な症候群やもしかすると他の精神医学的症候群も減らす精神の強靱性を鍛えられるでしょう。”

同性愛者に対する会話セラピーは自殺の可能性と関連がある?最新の研究が同性愛者に対する会話セラピーの危険性を明らかに?

 先週新しい映画Boy Erasedを見に行った時、観客の半数は涙していました。この映画はセラピスト又は宗教に通じる専門家が同性愛に悩む若者を“治す”とされる同性愛者会話セラピーについて描かれています。映画の最後では約700,000のLGBTアメリカ人がこのセラピーを受けさせられたという統計が表示されました。この推測は性同一性や性傾向に関する会話セラピーが含まれています。

 

 

 精神医学にはLGBTの人々のサポートにあたって黒い歴史があります。精神医学はむしろ彼らのサポートをしていないのです。同性愛は1987年に精神疾患診断統計マニュアルの項目から削除されるまで長い間精神疾患として扱われてきました。そうして除外されてから、この分野は同性愛に対して新しい姿勢を取る様になりました。現在では、性嗜好に関する会話セラピーは倫理的ではないとアメリカ精神医学団体、アメリカ青少年精神医学学会の両方によって定義されています。

 

 

 大半の人が気付いていないことは、青年に対する性嗜好の会話セラピーが有害であるかどうか研究されたことがなかったということです。それを考えれば多くの論争に必要性がないことが分かります。専門家の総意を元に、成人に対する会話セラピーの有害性に関する文献や推論、多くの医学雑誌は性的傾向に関する会話セラピーは倫理的ではないとしています。

 

 

 今月発行された同性愛新聞に掲載された研究では、ついに青年期における性嗜好の会話セラピーは精神衛生に悪影響であることを示す具体的な証拠を掴みました。その研究では21歳から25歳のLGBT者を245名集め、彼らは以下の様な2つの質問を聞かれました。

 

  • 13歳から19歳の間で、あなたの両親やあなたの世話をした人がどれほど頻繁にあなたの性的傾向を変えようとしましたか?(例、異性を好く様にするなど)
  • 13歳から19歳の間で、あなたの両親やあなたの世話をした人がどれほど頻繁にあなたの性的傾向を変える為にセラピストや宗教指導者の元へと連れて行きましたか?

 

 

 

 またその研究で被験者は精神衛生を測る調査も受けました。両親が彼らの性嗜好を変えることを強要された人は自殺を試みようとした率が通常の3倍あることが分かりました(aOR 3.08,95% CI1.39-6.83)。そして、両親が彼らの性的方向性を変えようと専門家(セラピストや宗教指導者)に助けを求めた場合、その子供が自殺を試みた確立は通常の5倍という結果になりました。(aOR 5.07,95% CI 2.38-10.79)

 

 

 全体を通して、精神医学は人々の性方向性を変えようと試みることを非難しています。今ならその試みが危険であることを示す更なるデータが提供されています。以前にも述べた様に、ある州ではこのようなセラピーや試みを禁止しています。この事実が他の州の議員にも同様に働くことを期待しています。

感謝すると健康的になる?

感謝の念を持った干渉は、食習慣を向上する可能性があります。

 

 

感謝祭の予定はどうでしょうか?

 

 

私個人としてはジョーイ・トリビアーニの感謝祭用パンツを履いて、七面鳥やその詰め物、グレービーソース、マッシュポテトをこれでもかと頬張る予定です。もっと大切なのは、祝日とは私達が得た恩恵を数え、感謝する時間であるということです。たとえ去年程残念ながら健康で幸せに思えなかったとしても、これは変わりません。でも多くの人は減量や健康的食生活に切り替えることにとても苦労している様です。

 

 

 以前の研究で、ポジティブな心理的介入は気持ちを良くし、より健康的に過ごす手助けをすることを証明しています。フリッツとその同僚による研究社会心理学雑誌に掲載された研究では、これを更に発展させ、感謝が食事に与える影響を調査していました。その研究結果は、数分間感謝に関連する行動(特に“感謝の文”を描くこと)を行うことによって健康的な食事を選ぶのに良い刺激となることを証明していました。

 

 

感謝の念と健康的な食事

 

 最初の大学生を調査対象に含んだ研究では、感謝を感じている人はより健康的な食生活を送っていることを表わしていました。しかしながら、この最初の調査に用いられた方法は感謝の気持ちを増幅させることに失敗してしまったため、次の第2の実験ではより強固な感謝の念の介入方法が用いられました。

 

 その第2の実験では1,079名の9、10学年(日本の中学3年生と高校1年生にあたる)を対象とし、慈善事業家のサポートを反映させながら感謝の念の効果を観察しました。調査員は無作為に被験者を選び、3つある感謝状況の1つを課題として与えるか、比較対象となるグループへと振り分けました。感謝の状態はどれも感謝の気持ちを作り出す週に1度5分間の活動をすることが決められていました。

 

 特に感謝をする活動とは、参加者は親切にしてくれた人に対して感謝の気持ちを手紙に記したり(例、振られた時にサポートしてくれた等)、学術的なサポートをしてくれたことや自分の健康や幸せに関するサポートをしてくれた人に対して手紙を描くことです。比較するグループの活動としては、被験者は日々の行動をリスト化する活動が指示されました。

 

 感謝を表わすグループの参加者は更に感謝を述べた対象の分野 (例えば、学業にまつわる事柄に感謝を述べた者は学問)において週に30分自身を向上する様に時間を使うように指示しました。反対に比較対象グループには計画性の向上にその時間を充てるように指示しました。

 

 結果として、感謝するグループは(比較グループと比べて)全体を通して健康的な食事をしていたことが分かりました。そしてその差異を大きくはないものの感謝チームはネガティブな感情を経験することが少なく、よりポジティブな感情(感謝の気持ちを含む)を抱く事が多かったようです。

 

 しかしながら、健康的な食生活と感謝をする行動の関係性は“ほんのわずかに暗示”されていることが3ヶ月に及ぶ追跡調査によって分かっています。更なる利益をそこから得る為には、感謝行動を規則的に行う必要があるでしょう。

 

 

感謝をすることは感情の制御の手助けとなる

 

 なぜ感謝するという行動がより健康的な食事へと繋がるのでしょうか?可能性として考えられるメカニズムは直接的ではありませんが、有り難く思う気持ちは負の感情に影響を与えられるようです。ネガティブな感情は人々が食事を上手く制限することを難しくしてしまいます。それに対してポジティブな感情は不愉快な気持ちを減らす効果があり、感謝をする(例えば感謝の念を手紙にする)という行為は負の影響(緊張、恐怖、怒り、罪の意識、悲しみ、一般的憂鬱など)の影響を減らして、健康的な食生活といった健康的習慣を促進する効果があります。

 

 喧嘩をした後など怒りを感じる時、私達は感情的に食べる行為へ走り勝ちです。この行為は脂っこいものや、甘いもの、しょっぱいもの(ジャンクフードのような健康に悪いが美味しいと感じるもの)等を食べる傾向のことです。

 

 例を1つ考えてみましょう。例えば酷いデートに行ったとすると、その後にはあなたは拒絶されたとか意味がなかったと感じて、強い孤独感や羞恥心に苛まれるでしょう。しかし、数分間あなたの後援者(同僚、親族、友達)がどれ程あなたのことを深く気遣ってくれたかを思い出せば、あなたの辛い気持ちは和らぐかもしれません。一度良い気分になってしまえば、不健康な方法で自分を慰めようとはきっともう思わなくなることでしょう。

 

 しかし感謝の気持ちをほんの短い間持つことだけであなたの鬱や不安感を打ち消され、ほんの数日の間にすごく健康的な食生活へと繋がると期待してはいけません。ですが、あなたが受けた親切に対して感謝の念を忘れないでいることは、いずれあなたをよりよい方向へと後押ししてくれることでしょう。

大学生のメンタルヘルス危機とは?

調査報告された問題の裏では何が起こっているのでしょうか?

 

 

2014年、私は“大学生のメンタルヘルス危機“、”何がそうさせているのか“、”その為に私達は何ができるのか”というシリーズを執筆しました。このテーマに関しての質問やインタビューのオファーは、他のどのテーマよりも多く受けています。この問題をより深く考察したため、こうしてこのテーマの最新版を公開するのに適切な時期だと思いました。

 

 

 “大学生のメンタルヘルス危機”とはいったい何を指しているのでしょうか?これは次の様な事実を指していて、(a)かなり多くの大学生がメンタルヘルスの問題を抱えているということ(学期間など)、(b)過去15〜20年において大学構内におけるメンタルヘルスサービスの需要が劇的に高まったことです。

 

 

 もう1つ数値に関わる例を挙げると、“去年の治療”に関わる値が2007年は19%であったのに対して2017年は34%と上昇していたことが先月の調査で明らかになりました。さらに、メンタルヘルスの問題を終身的ものと診断された生徒は2007年の22%から2017年は36%へと上昇した。これらの分野で起こっている傾向は1990年代を通して着実に上昇していました。この危機の極めて簡単な結論は以下の通りです。

 

 

1980年代のどの時期でも、10人に1人の大学生はある種のメンタルヘルスサポートを必要、取得していたと考えられますが、今ではその数は3人に1人となり、増得続けています。

 

 

 数値に関してクイズミリオネア的な難しい質問があります。いったい何が起こっているのか?精神病は国内中で“蔓延”しているのか?それともメンタルヘルス治療を切望するような方向へ変わってきているのか?私の意見では主要な原因はメンタルヘルス治療に対する姿勢とその使用が変わってきたことであり、それは実際に感情的に弱く苦悩するようになったという第2の重要な原因と組み合わされています。(よって、強い不安や鬱の状態が増えたということになります。)

 

 

 私が述べた最初の理由は事実として確かです。というのは、人々のメンタルヘルスについての考え方には大きな変化が起こっていますし、メンタルヘルスサービスの使用に意欲を示す人が増えています。この人々の態度の変化が上記の変化の主要な理由であることは明らかですが、学者の中にはこの理由がこれらの変化の唯一の理由であると述べる者もいます。この危機の解釈すると、人々がメンタルヘルスに悩んでいた率は、80、90年代と今とでは大差がありません。しかし、80、90年代の人々は今と比べると彼らは自分が抱える問題を公に話すことは少なく、何かしらの治療を望むこともなかった上に(これはメンタルヘルスに問題を抱えることを恥じていた為かもしれません)、メンタルヘルスやその治療に関する知識もほとんどなかったようです。

 

 

 私が尊敬する心理学者であり、PTブロガーであるトッド・カシュダンは最近ある記事を作成しました。その中で彼は、学生はより繊細であり不安になる傾向が強いことを述べていましたが、精神病の蔓延に関しては異を唱え、メンタルヘルスの問題が悪化していないことを証明するデータを示しました。例えば、国際共存症研究によると1990年から1992年の間には約30%の人々がメンタルヘルスの状態を調べられていましたが、その数値は2000年から2002年の間とものとほぼ同じであったとしています。しかし、同じ様な基礎値ではありましたが、実際に2000年代に治療を望んだ人々の数は以前の約2倍でした。ロナルド・ピースは類似した主張をしていて、変わったのは実際の精神疾患の程度ではなく、治療に対する姿勢が変わったとしています。

 

 

 彼らの議論は確かに重要なものではありますが、彼らが用いたデータはこのテーマに関わる唯一のデータではありません。私は物事が悪い方向へ動いていることを示す様々なサインを見てきましたし、特にこの年代やここ10年のデータを見れば明らかでした。

 

 

 一般的人口レベルに関するデータはかなりはっきりとした傾向を示しています(例えばカシュダンやピースによって提示された研究です)。このデータは同時に国の幸福度や充足感が何かしら減少していることを物語っています。私達はアメリカにおいてある特定の人口は不穏な傾向に直面していることは明らかです。例を挙げれば、自殺率、薬物乱用、中年や低所得の白人に見られるなどを私達ははっきりと認識しているのです。

 

 

 また、青年や青少年の傾向は事態の深刻化の証拠を精神病理学において示しています。ジーン・トウェンジは同年代のデータを注意深く辿り、ストレスや鬱、強い不安感において著しい変化があったことを発見しました。NIMHは青年の主要な鬱病診断の頻度が高まったことを見つけていて、2006年に7.9%だったその数値は、2016年には12.8%と急激に上昇していました。これはほぼ50%の上昇であり、この診断は信頼のおける確かなものです。100,000人における青年と青少年の自殺率にも急激な上昇を見ることが出来、2006年には9.9だったのが、2016年には13.5と跳ね上がっています。こちらも同様に以前よりも50%の上昇です。確かに変化ははっきりと実在し、それらは自己報告や治療使用によるデータではありません。

 

 

 同じ様な傾向は鬱を感じる大学生の事故報告にも見ることが出来ます。アメリカ大学健康団体は大学生を対象とした大規模な例年報告をまとめました。強い不安感、鬱、孤独感、自殺願望といった感情に関するデータを2008年と2017年のデータ2つを取り上げます。

 

 

不安、鬱、自殺願望においてかなりの増加を見ることが出来、孤独感の上昇も少し確認することが出来ます。

 

 

 まとめると、実際に精神疾患や鬱傾向を指摘するデータは沢山あるということです。最もはっきりとしたデータとして、2000年代以降子供、青少年、青年に世代的傾向が強まっていることが挙げられます。ここで私が述べておきたいのは、この問題は大学生に限ったことではないということです。大学に通っている生徒が、大学に通っていない人よりも精神が病んでいるという証拠や裏付けはないのです。

 

 

 私がぜひ皆さんに理解して欲しいのは、大学生のメンタルヘルス危機とは、大学生が精神治療を求める率の上昇に関連しているということです。治療の必要性を感じ、サポートを求めた率は80年代に10%であったかもしれませんが、現在は約33%です。この劇的な上昇は、鬱を報告し実際に治療を求めて受けるという態度の変化と、実際にストレスや鬱、不安、それに関連する問題の増加の両方によるものです。

 

 

 この傾向の減少の兆しは今のところありません。実際に私はこの傾向をジェームス・マディソン大学カウンセリングセンター監督のデイヴィッド・ワンスタック博士と話しました。彼はこの傾向をこれ以上“危機”と呼ぶべきではないと述べていました。なぜなら、この傾向は既に10年以上続き、減少傾向は見られないからです。むしろ、この苦痛の種とも言える現象は“新しい普通”となりつつあるのでしょう。

 

 

私の次の記事はなぜ変化が起こり、私達がすべきことのサポートとなったのかということについて述べていきます。