ただ立ち止まって、深呼吸、考えることの重要性とは?

走らず、でも固まらないで。ただ立ち止まって、深呼吸してみましょう。
今現在に意識を向けることが、私達の中にある賢い選択へと導いてくれます。

 

 

近年(もしかすると今までずっと)、人生とはシーソーの様に上がったり、下がったりよくするものです。私達は自分の世界、中と外と綱引きをしている様なものです。

 

 

こっちかあっちか?今か後か?これか、それともあれか?

そして最も危険なのは私達か、相手かという選択肢です。

 

 

しかし、どちらかを選ぶ二択式以外にもっと良い選択肢があるのです。それは“両方を取る”という選択肢や“どちらがより優れているか”という判断もあります。

 

 

ですが、どうやってより良く、正しい選択肢を見つけることが出来るのでしょうか?

 

 

まずは“留まる、立ち止まる”という観念を意識し、実践してみましょう。ここ、今、身体を意識し、今までの全ての経験と共に立ち止まってみましょう。そして、理想という空想ではなく、物事のあるままを捉えて留まるのです。

 

 

私達はグランドキャニオンの端に立っているとしましょう(グランドキャニオンではなくても、思い浮かべられるどんな端でも構いません、想像を膨らませてみて下さい)。

 

 

深呼吸して、頭をクリアにして、目の前にある現実を受入れましょう。また深呼吸して、この現実とはいったい何かを考え、感じ、意識してみて下さい。決して向こう側に渡る為の橋や、谷底に続くような滑り台を想像してはいけません。ただこの想像を楽しんでみて下さい、きっと面白いはずです。

 

 

橋も滑り台もない場所、では何をしたらいいのか。ゆっくり深呼吸して下さい、きっとあなたも色んな衝動に気が付くはずです。私の中には谷底へ向けて走り出したい衝動や、あまりにも強烈過ぎて逃げ出したいと思う衝動など、沢山の選択肢に気付きます。

 

 

しっかりと考慮することとは、現実を受け入れ、深い所にある自分の目的を確かめ、全ての選択肢を考えては自身の確固たる知識が何をするべきなのか選ぶことです。

 

 

私達を導くコンパスであり、星である一番の推測に辿り着く為にはしばらくの間、またはもしかするとほんの数秒間しっかりと立ち止まる必要があります。

 

 

見過ごされた衝動、外的基準、恐怖、欲望、慣習、怒り、否定、回避といったものは、人生において決して良い習慣ではありません。しっかりと呼吸をして、受け入れ、自身を信じ、可能な選択肢の中から選ぶことこそが、一番の良い習慣と言えます。

 

 

どんな場合においても、私達の興味、気持ち、モラル、強い憧れにより近いものを選ぶ為には、どうやって長い間立ち止まればいいのでしょうか?

 

 

意気消沈する程長い間、ニュースに耳を傾けるべきでしょうか?

 

それとも苦痛から逃れる為にすぐにテレビを消すべきなのでしょうか?妥協点は?

 

全てをいとわず相手に全てを受け渡し、自身を捧げるべきでしょうか?

 

 

それとも全てを拒絶して安全を手に入れる代わりに自身に枷を付けるべきでしょうか?

 

衝動に抗わず、例えリスクがあっても目標を手に入れようとするべきでしょうか?

 

それとも安全でいる為に無意識にその目標から遠ざかっていくのでしょうか?

 

自身の二択が起こる場所に気付いてみて下さい。その場所とは、外的世界と自身の内にある内的世界の間であり、対立する二つの間で揺れたり、より安全を提供してくれる方を支持するような場所のことです。そしてそれは普段意識する自分やそれと関わる深い自身才能を失う状況のことです。

 

 

どんな状況であっても、あなたが選ぶ選択肢は正しいか間違いか、という単純な判断が出来るものでは決してありません。

 

 

しかし、私達の選択肢の選び方は、私達をより深い幸福へと導いてくれるものでもあります。無意識的反動によるものではなく、しっかりと熟考した上で選んだ選択肢であれば、例え私達が“間違った”選択肢を選び途方に暮れても、私達はより簡単に自身を許せるでしょう。

 

 

間違った方向を選んでしまっても、私達は自身を許し、準備が出来たらすぐにより良い判断が出来る様に方向転換が出来ることを知っておきましょう。

 

 

実際に真実を見つける為に長く留まる方法は数多くあります。立ち止まって、集中して、深呼吸してみましょう。選ぶ準備が出来たのなら選択しましょう。準備がまだなら、選んではいけません。

 

 

目的に関して私達は穏やかに熟考し、時には正しいと思うものを見つけるまで長い間かかることもあります。一方で素早い判断が必要な時には光のような速度で考えます。しかし、それは原始的な戦闘反応などではなく、きちんと考え抜かれた人間的反応です。こうして立ち止まって、私達は意識を研ぎ澄まし、現実を認知し、自身の内にある知識としっかりと繋がることによって、選択し、それに向かって行動する準備が出来ました。

 

 

The Act of Will(意志による行動)という健全な選択肢を選ぶ方法に関して書かれた本の筆者であるロベルト•アサギオリ博士は以下の様に述べています。

 

「自身に静かに耳を傾け、正しい言葉をゆっくりと聞き取ることで、私は信頼出来る指標に従うようになります。この道を辿るべきだろうか?今するべきか、それともまた別の機会を待つべきか?といった具合にね。」

 

 

どの道を選ぶべきかをあなたがきちんと分かると信じることが大切であり、その後の旅路に備えて立ち止まって考えることは時間を掛けるに値する行為であることを忘れないで下さい。

ナルシシズムには、新しい利点がある?精神的に強く、開放的?

精神的に強く、開放的であることはナルシシズムのポジティブな効果なのでしょうか?

 

 多くの人は否定するかもしれませんが、我々は皆ある程度ナルシストです。どの程度自分がナルシストか知っていますか?もし興味がある場合は、こちらの双方向のオンラインアンケート、ナルシスト性格調査表(NPI、学術目的のナルシスト傾向調査)を利用すれば5分で結果が分かります。もしくは、ウルバナキャンペーン、イリノイ大学新理学部のR・クリス・フラレイによって作成された“人格、リーダーシップ、自尊心”のアンケートを利用することも出来るでしょう。どちらのテストも心理学的助言となるものではありません

 

 

 最近では、今まで固定観念を持って見ていたナルシシズムに対する考え方を再調査の必要性を正当に理由付けるような、革新的な研究がありました。

 

 

準臨床的ナルシシズムは精神的強さと学校でのより良い成果を出すことに繋がりがあるかもしれません

 

 

 まず始めに、最近の国際的な研究は、順臨床的にナルシシズムの傾向が見られた青年は強靭な精神と学校においてよりよいパフォーマンスをする傾向があることを発見しました。準臨床的ナルシシズムは臨床的な行動や症候群(誇張や独占)を含んでいるものの、著者はすかさずナルシスト的な数値が例え高かったとしても、それは必ずしも人格に異常があるというわけではないということを指摘しました。一般に、準臨床的ナルシシズムは精神病理学的異常とされる自己陶酔性人格疾患(NPD)とは区別されます。

 

 

 “長期のナルシシズム、精神の強さ、学校における成果の関係性”という論文が人格と個々の相違という雑誌において2018年9月に発表されました。

 

 

 この論文からの大きな収穫は、思春期において準臨床的ナルシシズムは精神の強さに肯定的に相互関連しているということです。筆者は人格の汚点とされる3つ(ナルシシズム、精神病、マキアベリズム)について再考する必要性も結論として述べています。調査員によれば、一般的に精神の強靱性を見せた人は、プレッシャーがかかる場面や様々な状況においてその人にとって最高のパフォーマンスが出来るということを意味しています。

 

 

 この研究は、第一筆者としてコスタス・パパゲオルジウス、監督はベルファストにあるグイーンズ大学心理学科にあるINTERRaCt研究所とその共同者であるユリア・コヴァス、そしてロンドンのゴールドスミス大学InLab、ロンドンのキング大学、マンチェスターメトロポリタン大学、不ダースフィールド大学、そしてオースティンにあるテキサス大学の監督によって行われています。

 

 

ナルシシズムは単に“良い”“悪い”と捉えられるものではありません。一様に“ナルシストだ”と烙印を押すのを止めるべきです。

 

 

 パパゲオルジウスのナルシシズムに対する耐えない悪口に関する仮説はとても斬新なものです。というのは、私の知る限り彼は、準臨床的ナルシシズムの微妙な違いを調べ、一般に言う“ナルシシスト”は良い特性であるかもしれないと推測した数少ない人物だからです。(詳細は“私達が「ナルシスト」というレッテルを貼るのを止めるべき理由”)

 

 

 “順臨床的にナルシシズムと判断された人は、自尊心が高い為によりやる気に満ちて、はきはきとしていて、決まった状況下で成功し易い”とコスタス・パパゲオルジウスは述べ、次の様にも語っています。“自分の能力に自身を持つということは雄大なナルシシズムの重要なサインの1つであり、精神の強さにおいて中心となるものです。もし精神的に強いのであれば、チャレンジを喜んで受け入れ、そのチャレンジを自分の成長する機会として受け取る傾向があります。社会集団として、ナルシシズムの捉え方を見直すことはとても重要です。私達は感情や個人の特色を良い悪いと受け取ってしまいますが、心理学的特質とは進化の賜物であり、それらは良い悪いと判断されるものではなく、適応性があるか、順応性があるかと考えられるものです。私達は型にはまった社会道徳を人間の本質の表れを取り入れ、賞賛するべきかもしれませんね。”

 

 

 パパゲオルジウスは最近別の追跡調査(“ナルシシズムの強固な精神による鬱症候群への良い効果:ナルシシズムは3大の悪かもしれないが、世界が少し明るく見えるのを手助けしてくれます”)においてこのテーマを取り上げています。この記事はオンラインでヨーロッパ精神医学雑誌にて2018年11月1日に発表されました。

 

 

 この記事をユニークにさせた点は、パパゲオルジウスとその同僚達が、準臨床的ナルシシズムと精神の強さ、五大国の経験に対する開放性(OE)の特性、恐怖/脅威よりも成長/冒険性への適合評価の関係性を突き止めたことです。

 

 

筆者は次のように述べています:

“挑戦への適合とOEの間の繋がりは,チャレンジに強いとされる個人が変化を受け入れ、新しい経験を脅威というよりも成長の機会として捉えている、という事実から概念的に証明されます。集合的に準臨床的にナルシシズムの値が高く、精神が強いと判断された人は特に経験に関して寛容であるかもしれないということをこの実験による発見は示しています。取り分け彼らは新しい機会を個人の成長の機会と捉える傾向と自信を持っている様です。”

 

 

 経験や新しい機会に対して寛容な準臨床的ナルシシズムが促進する上向き傾向に加えて、パパゲオルジウスらの革新的研究は準臨床的ナルシシズムがより少ない鬱症候群と関係があるかもしれないということを示唆しました。実際に準臨床的ナルシスズムからより強い精神や良い結果へ繋がる“軌道モデル”はより低い鬱兆候の信頼性のある強い指標であることを筆者は発見しています。明らかにこの結果は準臨床的ナルシシズムは鬱兆候の変化において大まかに言っても約3割関連していることを示しています。

 

 

 しかし注意点がいくつかあり、この研究では長い制限事項(全階層的デザイン、自己報告アンケートなど)があります。前述された準臨床的ナルシシズムの良い面を“見せかけの恩恵”として報道する前に慎重にこの問題を取り扱うことはとても大切です。そしてもちろんNPDは数えきれない程多くのマイナス面を含んだ自己障害であるということを再び主張する経験的で逸話的な証拠はたくさんあります。

 

 

 筆者は次の様に結論付けています。“現在の調査は直接理論的で間接的な応用的関与を持っています。発見は準臨床的ナルシシズム(SN)がポジティブ(雄大)さとネガティブ(脆)さ両方の局面を持つ複雑な性格特色であることを裏付けています。精神の強さ(MT)を含む前社会特性との関係を調査することは、準臨床的ナルシシズムの適応傾向を識別し促進させようとする時に特に便利です。

 

 

他の個性特性(例、経験への寛容性)と、誇張的ナルシシズムと脆いナルシシズムの違いを区別することを考える一方で、SNからより高いMTへの規範となる方針を研究することは、精神医学において変化を説明し予測することとなるかもしれません。個性の特質の適応性を考慮することは、ジョイント介入プログラムはむしろ順応的側面の準臨床的ナルシシズムを促進し、憂鬱な症候群やもしかすると他の精神医学的症候群も減らす精神の強靱性を鍛えられるでしょう。”

同性愛者に対する会話セラピーは自殺の可能性と関連がある?最新の研究が同性愛者に対する会話セラピーの危険性を明らかに?

 先週新しい映画Boy Erasedを見に行った時、観客の半数は涙していました。この映画はセラピスト又は宗教に通じる専門家が同性愛に悩む若者を“治す”とされる同性愛者会話セラピーについて描かれています。映画の最後では約700,000のLGBTアメリカ人がこのセラピーを受けさせられたという統計が表示されました。この推測は性同一性や性傾向に関する会話セラピーが含まれています。

 

 

 精神医学にはLGBTの人々のサポートにあたって黒い歴史があります。精神医学はむしろ彼らのサポートをしていないのです。同性愛は1987年に精神疾患診断統計マニュアルの項目から削除されるまで長い間精神疾患として扱われてきました。そうして除外されてから、この分野は同性愛に対して新しい姿勢を取る様になりました。現在では、性嗜好に関する会話セラピーは倫理的ではないとアメリカ精神医学団体、アメリカ青少年精神医学学会の両方によって定義されています。

 

 

 大半の人が気付いていないことは、青年に対する性嗜好の会話セラピーが有害であるかどうか研究されたことがなかったということです。それを考えれば多くの論争に必要性がないことが分かります。専門家の総意を元に、成人に対する会話セラピーの有害性に関する文献や推論、多くの医学雑誌は性的傾向に関する会話セラピーは倫理的ではないとしています。

 

 

 今月発行された同性愛新聞に掲載された研究では、ついに青年期における性嗜好の会話セラピーは精神衛生に悪影響であることを示す具体的な証拠を掴みました。その研究では21歳から25歳のLGBT者を245名集め、彼らは以下の様な2つの質問を聞かれました。

 

  • 13歳から19歳の間で、あなたの両親やあなたの世話をした人がどれほど頻繁にあなたの性的傾向を変えようとしましたか?(例、異性を好く様にするなど)
  • 13歳から19歳の間で、あなたの両親やあなたの世話をした人がどれほど頻繁にあなたの性的傾向を変える為にセラピストや宗教指導者の元へと連れて行きましたか?

 

 

 

 またその研究で被験者は精神衛生を測る調査も受けました。両親が彼らの性嗜好を変えることを強要された人は自殺を試みようとした率が通常の3倍あることが分かりました(aOR 3.08,95% CI1.39-6.83)。そして、両親が彼らの性的方向性を変えようと専門家(セラピストや宗教指導者)に助けを求めた場合、その子供が自殺を試みた確立は通常の5倍という結果になりました。(aOR 5.07,95% CI 2.38-10.79)

 

 

 全体を通して、精神医学は人々の性方向性を変えようと試みることを非難しています。今ならその試みが危険であることを示す更なるデータが提供されています。以前にも述べた様に、ある州ではこのようなセラピーや試みを禁止しています。この事実が他の州の議員にも同様に働くことを期待しています。

10年にわたる研究に基づく、新しい身体活動のガイドラインとは?

 2008年に、アメリカ合衆国保健福祉省(HHS)は、当時手に入った山のような科学に基づく根拠を査定した後、「アメリカ人のための身体活動のガイドライン」の初版を出版しました。それから10年後、HHSは過去10年間の根拠に基づく研究を踏まえ、毎日/毎週の大量の規範的エクササイズに関して、更新したガイドラインを公表しました。新しいガイドラインは、身体的、精神的健康状態を高め、ヒトの生涯にわたり病気を予防するため、私たちが人生のさまざまな段階でどの程度体を動かす必要があるのか、詳細な推奨事項を提供しています。一番最近の身体活動のガイドラインは、イリノイ州シカゴにて2018年のアメリカ心臓協会学術集会により11月12日に発表されました。これらの調査結果はさらに、ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(JAMA)により今日出版されました。HHSからの最新の推奨事項は、幅広い人口層でさらに健康成果を高めるために、どの程度の、どんな種類の身体活動が最適なのか、ということに伴い、特定の種類のエアロビック運動や筋力増強運動を展開している、2018年度身体活動ガイドライン諮問委員会科学報告書に基づいています。

 

 

 定期的な身体活動は、全年齢の個人が、健康全般を改善し、病気の罹患率を減少し、寿命を増加することができる、最も重要な生活の中での選択肢の一つです。この新しい報告書によると、アメリカの若者や成人の約80パーセントが、運動不足の状態です。アメリカ合衆国では、見積もりによると定期的運動の欠如や、既存の身体活動ガイドラインの基準を満たしていないことが、毎年のヘルスケアにかかる費用の、1,170億ドルに関連しています。

 

 

 明るい側面を見れば、最新の科学に基づく根拠では、定期的な身体活動によって、ヒトが元気になり、思考がはっきりし、よく眠れ、身体の機能が改善し、長く生きられる、と断言されています。

 

 

 新しいガイドラインでは、身体活動を4つのカテゴリーに分けて展開しており、それぞれ(1)エアロビック運動、(2)筋力増強運動、(3)骨強化運動、(4)バランス改善運動となっています。

 

 

エアロビック運動

 

エアロビック運動(または有酸素運動、「カーディオ」、持久力トレーニングとも言われます)中は、大きな筋肉群が、長時間絶えずリズミカルに動きます。エアロビック運動により、心拍数が上昇し、呼吸がさらに苦しくなり、通常は汗をかきます。

 

 

エアロビック運動の3つの構成部分:強度、持続時間、頻度強度は、エアロビック運動にかかる、努力の程度を示しています。強度には、「ライト(弱)」(家事やゆっくり歩くことなど)、「モデレート(中)」(早歩きや簡単なサイクリングに相当)、「ヴィゴラス(強)」(ジョギングや階段を数段上ることに相当)までの幅があります。持続時間は、各セッション中に、エアロビック運動を何分行うかを示しています。頻度は、一週間に何回エアロビック運動を行うか示しています。

 

 

筋力増強運動

 

 

筋力増強運動には、フリーウェイト・リフティング、筋力トレーニングマシン、筋肉を鍛える各種のレジスタンストレーニングが含まれます。筋力増強運動にはさらに、耐久のための自体重の使用および強度を変化させるゴムバンドの使用が含まれます。

 

 

骨強化運動

 

 

 骨強化運動は、体のさまざまな骨に体重負荷の力を使い、健康的な骨量の増強および維持を促進します。骨強化運動には、ある種のエアロビック運動(ジョギングなど)や筋力増強運動が含まれます。

 

 

バランス改善運動

 

 

バランス改善運動は、足元を固定し、転ぶ危険性を減らすことができるよう、脳のバランス感覚の中枢部を維持する助けとなる、体のさまざまな筋肉を強化します。

 

 

HHS(2018年)より、4つの重要な身体活動ガイドライン

 

 

成人は1日を通して、もっと動き、座る回数を減らすと良いでしょう。身体活動のいくつかは、全然行わないよりはましです。座る回数が少ない、モデレートからヴィゴラスまでの身体活動(MVPA)をたくさん行っている成人は、健康的利益をいくつか得ています。
十分な健康的利益を得るためには、成人は一週間に少なくとも150分(2時間と30分)から300分(5時間)モデレート(中)強度の運動または一週間に75分(1時間と15分)から150分(2時間と30分)ヴィゴラス(強)強度の有酸素運動、あるいはこれに相当するモデレートおよびヴィゴラス強度を組み合わせたエアロビック運動を行うと良いでしょう。なるべくは、エアロビック運動は一週間のうち数日にまたがって行うと良いでしょう。
さらなる健康的利益は、一週間のうちモデレート強度で身体活動を300分(5時間)相当以上行うことで得られます。
成人は、これらの運動がさらなる健康的利益をもたらすため、さらに一週間のうち2日以上はすべての主要な筋肉群を含んで、モデレートまたはさらに強い強度で筋力増強運動を行うと良いでしょう。

 

 

絶対強度と相対強度

 

 

・絶対強度は、行われている仕事量を表し、個人の生理学的容量は考慮しません。これは多くの場合、代謝当量(MET)の単位で表されます。早歩きや庭掃除などのモデレート強度の身体活動は、3から5.9 METのMETレベルです。
・相対強度は、個人の心肺フィットネスを考慮に入れ、調整します。運動を多く行っている人は、運動がさらに簡単に感じられるので、運動量が少ない人よりもさらに低い相対強度の値が示されるはずです。
成人のためのこれらのガイドラインに加えて、新しいHHSの報告書は、ほかの年齢層のためのガイドラインを提供しています:

 

 

 ・就学前の子ども(3歳から5歳まで)は、成長と発育を促進するため、一日中身体的に活動すると良いでしょう。

 

 

 ・子どもと10代の若者(6歳から17歳まで)は、毎日60分からそれ以上のモデレートからヴィゴラスの身体活動(MVPA)を行うと良いでしょう。

 

・年配の大人(65歳以上の年齢)は、有酸素および筋力増強運動とともに、バランストレーニングを含む、複数構成の身体活動を行うと良いでしょう。

 

・妊娠中および出産後の女性は、一週間に少なくとも150分のモデレート強度のエアロビック運動を行うと良いでしょう。

 

 

 ・持病または障害をもつ成人は、可能であれば、成人のための重要なガイドラインに従い、エアロビック運動および筋力増強運動を両方行うと良いでしょう。

世界親切の日とは?集団的な思いやり、親切が社会的スティグマを減らし、メンタルヘルスを改善する?

スティグマ」とは – 他者や社会集団によって個人に押し付けられた負の表象・烙印。

 

 

 

 世界親切の日は、毎年11月13日に祝われます。当日、参加者は個人であれ団体であれ、善行を祝って推進し、親切な行いを約束することにより世界をさらに良い場所にしようと試みています。世界親切の日は、世界親切運動により1998年に初めて開始されました。世界親切運動は、世界中から集まった同じ考えを持つ親切団体が開催した、1997年の東京カンファレンスにより結成された団体です。現在、28ヶ国以上が、宗教とも政治的運動とも関係のない世界親切運動に参加しています。世界親切運動と世界親切の日のミッションは、より素晴らしい親切を目指すように個人と国家を刺激して、もっと親切にあふれた世界を作ることです。

 

 

 

 親切は、思いやりと私利私欲のない行ないによる行動反応、または自分の利益を優先せず、他者に思いやりを与える考え方です。私利私欲のない行ないを実践するには、自己中心的な利益を削り取る必要があります。親切は、私たちが急ぎ、ストレスを感じ、同時に多くのことを成し遂げようとするこの社会で生活しているので、多くの場合損なわれたり、忘れられたりする価値観の1つです。近所の人にあいさつをする、お店で買った食料品をマイバッグに入れるよう申し出る、高速道路でほかの乗客に道を譲る、ボランティアをする、許すことを練習する、下心をもたず友人に助けの手を差し伸べることなどは、私たちの社会で忘れられているように思える、すべて簡単な親切の行いです。親切は、内面の幸せに直接結びついていますが、私たちは何年も幸せを求めてもがき、親切を無視して過ごしていて、そのあと何か間違ったことをしているのではと思うのです。

 

 

 

メンタルヘルス統計

 

 米国精神障害者家族連合会(NAMI)によると、4人に1人近くのアメリカ人(6,200万人)が毎年精神疾患の影響を受け、米国の25人に1人の成人が、鬱や双極性障害、不安障害などの主要な精神疾患とともに生活しています。13歳から18歳までの10代の若者の20パーセント近くが、毎年精神疾患と闘っていて、成人の約30パーセントが不安障害と闘っています。NAMIによると、精神疾患にかかる費用は、毎年の逸失利益で見ると驚きの1,930億です。実際に、鬱や双極性障害などの気分障害は、18歳から44歳までの年齢の若者や成人の両方にとって、入院となる3番目に一般的な原因となっています。親切は、思いやり、共感、親密さ、感謝の気持ち、共同体意識を高めます。これらはすべて、精神疾患と闘う助けとなるのに必要な資質です。心理療法と薬物治療も必要ですが、心理療法士は回復を成功させるためには、強力な支援体制とともにポジティヴな環境を提唱しています。集団的な思いやりは、社会がスティグマ(社会的烙印)を打ちこわし、精神疾患をもつ患者とその家族の生活を改善するのに必要なことです。

 

 

 

親切と脳

 

 研究によると、思いやりの形であれ感謝の形であれ、親切を練習することで、脳のセロトニンやドーパミンのレベルを高めることができるという結果が示されました。セロトニンとドーパミンは、「心地よい、幸せのホルモン」として知られています。反対に、長期間にわたる論争や怒り、嫉妬、罪の意識やそのほかのネガティヴな感情は、時間をかけて体に悪影響を与える可能性があるコルチゾールの上昇を育んでしまい、結果として免疫系機能の低下や体重増加、特に体の中心部の体重増加につながります。言い換えると、私たちのポジティヴやネガティヴな感情は、精神的および身体的症状の両方に密接に関連しているのです。

 

 

 

 笑顔や、ほかの人のためにドアを開けてあげること、誰かのために食べ物を持って行ってあげること、列で次の人のために場所を譲ること、ほかの人とつながること、親しい誰かに「愛している」と伝えることはすべて、日ごろから練習できる親切な行いです。ときどき私たちは、親切であるということから遠ざかってしまいます。その理由は、私たちは何をすべきかわからず、自分の行ないが影響を与えるとは思っていないためですが、影響を与えることはできますし、このことは研究で証明されています。

 

 

 

 ・最近話していなかった人に電話をかけましょう。私たちはあまりに忙しい社会に生きているため、主なコミュニケーション手段をテキストやEメール、ソーシャルメディアに頼っています。ほかの通話口から声を聴くことで、相手との関係性を強めることができます。これには、あなたが引っ越したところに住んでいる近所の人との会話や、ソーシャルメディアのアップデートでしか主に「連絡を取って」いなかった子供のころの友人との会話、数時間離れたところに住んでいる祖母との会話などが含まれます。電話での会話で感情を感じたり伝えたりすることはもっと簡単ですし、テキストやEメールで済ませてしまおうとしていた相手とさらに深い関係を築くことができます。

 

 

 

 ・毎日簡単なジェスチャーを行い、ほかの誰かの手助けをしましょう。大事な人のためにゴミを捨ててあげること、仕事でコーヒーのおかわりを注いであげること、両親のためにお使いに出かけること、一週間の食料品の買い出しを済ませることなどどれにおいても、簡単にできる親切な行いはとても役に立ちます。

 

 

 

 ・時間とお金、スキルに投資しましょう。ボランティアをすることは、地域社会に戻る最高の方法ですし、さらにあなたに充実感を与えてくれます。動物保護施設にお金を寄付することを選ぶ、地元のビーチでゴミ拾いをする、ホームレス施設でボランティア活動をする、自分の時間、お金、スキルセットに投資するなどはどれでも、地域社会をさらに良い場所にし、周りに人の手本になることができます。

 

 

 

 ・自分自身に優しくしましょう。セルフケアは、よく見逃される親切な行いです。本を読む、お風呂に浸かる、新しい服を買う、好きな趣味に没頭して時間を過ごすなど、どれでもいいので自分自身に投資して時間を過ごしましょう。充実感が得られず幸せでなければ、周りの人が気づいてしまい、ネガティヴなエネルギーが周りに伝わってしまいます。

 

 

 

 ・許すことを練習しましょう。私たちは誰でも間違いを犯し、争いを選び、傷つける言葉をほかの人に言ってしまいますが、私たちにはみんな、お詫びをして許しを請うチャンスがあります。許しを請うことは、やり直して傷ついた感情を後ろに追いやり、前に進むための一つの方法です。私たちはほかの人がたとえ謝らない場合でも、ほかの人に許しを与える力も持っています。ほかの人を許すとき、私たちが心に抱いているネガティヴな感情や敵対心を手放すことができます。

弱い人間であると思われることを、恐れていませんか?

人々は脆弱な部分をより否定的な視点で見ているのかもしれません。

 

 

 

以前に暗い気持ちを表現したり、間違いを犯したり、自傷行為をしたりすると、不快な嫌悪感を覚えることがあります。

 

 

多くの人々は、自分の潜在的な感情を考えるたびに自分が弱いように感じています。あなたの怒りは気持ちを沈めてくれるわけではありません。

 

 

助けを求めるあなたの要求は、あなたを弱く見せたり、自立していないことを人に表してしまうのです。本物の、または想像されたバックラッシュのこのリスクは、その状況を恐れたり、それらを完全に回避しようとする可能性があるのです。

 

 

しかし、脆弱性の側面もあります。

 

 

あなたのロマンチックな関心はあなたの気持ちを補うことができます。

 

 

あなたの友人は、本当の親切な行為であなたの嘆願に答えることができました。

 

 

ヒューストン大学ソーシャルワーク研究者のブレンブラウン(BrenéBrown)は、本とTEDトークで脆弱性に触れていますが、内的自己や家族や友人との間で満足と有意な関係を築くことが重要であると仮定しています。

 

 

この2つの一見矛盾した脆弱性の見方はどのように対峙しているのでしょうか?

 

 

ドイツのマンハイム大学の研究者は、最近、パーソナリティと社会心理学のジャーナルに掲載された7つの研究で、この問題を探究することに決めました。

 

 

彼らは、私たちの視点が重要であることを発見しました。

 

 

研究対象者が脆弱性を示した他の人々を評価するように頼まれたとき、彼らはその行動をより積極的に見る傾向があり、彼らは自分自身に脆弱性があると想像するように求められたとき、その行為をより否定的に見ました。

 

 

研究者は、これらの自己相違点を、脆弱性(「厄介な状況を「混乱」と認識している可能性があります)と観察者の両方の視点をカプセル化する「美しい混乱効果」と名づけました。

 

 

ほとんどの研究では、仕事での大きな(しかし、追跡できない)エラーに悩まされたり、大規模な戦いの後に相手に謝ったりするような仮説的な状況を調べました。

 

 

すると、「実際の」シナリオと仮想シナリオの両方で同じ自己相違が現れました。

 

 

効果は、脆弱性が評価される前に悲しいムービークリップで参加者の感情状態が操作されました。

 

 

研究者は、この効果を理論に照らして解釈しました。これは、物理的、感情的、または社会的に離れているほど、より抽象的に認識することになります。

 

 

「私たちは、他の人の経験をより抽象的に、より具体的に見る」と、論文の筆頭著者であるアンナ・ブルック(Anna Bruk)は言います。

 

 

以前の研究では、何かがより抽象的であると見なされると、人々はそのポジティブな側面に集中する可能性が高くなりました。

 

 

「人々が他の人の脆弱性を評価するとき、距離は彼らに異なる視点を与えるかもしれない」と彼女は付け加えました。

 

 

対照的に、私たち自身の脆弱性については、リスクは近づき、間違っている可能性のあるすべてのことについて、はるかに良い見解を示しています。

 

 

ブラウン氏の研究は、この研究の「触媒」として機能していたといいます。彼女の著書「大胆に、ブラウンは、人々が脆弱であると感じる傾向がれば、彼らが典型的にどのように反応をするのか、どのようなことに影響(肯定的および否定的であるか)されるか、脆弱性の定義と理解を考察します。

 

 

大胆な終わりに、彼女の理論を定量的にテストする必要があります。

 

 

「これがこの論文の出発点でした」とBruk氏は言います。

 

 

「私たちは、脆弱性を示すことが、実際には自分自身以外のものではより積極的に見えるかどうかをテストしてみたかったのです。しかし、社会心理学者たちは、これらの知覚の違いがなぜ生じるかを知りたがっていました」

 

 

この脆弱性のコストに焦点を当てると、そのメリットが曖昧になる可能性があります。

 

 

ストーニーブルック大学のアーサー・アロン教授は、個人的な関係において親密さがどのように発達しているかについて広範な研究を行っており、脆弱性に関しては、「私たちも調査している」と言っています。

 

 

現在の研究に関与していないアロンは、2人の外国人がより密接な結びつきを形成するのに役立つ36の質問において最もよく知られています。

 

 

彼の研究によれば、「近くにいる人に物を公開することは本当の利点になる」と一貫して判明しているといいます。

 

 

マンハイムチームの将来の研究であるBruk氏は、脆弱性の認識におけるこれらの自己相違の程度がどの程度まで拡大しているかに重点を置く必要があると述べています。

 

 

「これは投機的ですが、脆弱性が繰り返されるケースは、他者と自分自身の両方によって否定的に解釈される可能性があります。

 

 

「逆に、練習をすると、助けを求めるのに慣れ、自己の脆弱性をより積極的に見て、自己相違点が全体的に減少したり消失したりする可能性もあるのです。」

 


ナルシシズムは鏡に何を映し出すのか?

その答えはあなたを驚かせるかもしれません。

 

 

最近、心理的発達のための鏡と反射の重要性について議論しました。

 

 

ナルシシズムについてはどうでしょうか?これは、心理学とガラスをみた時について考えるときに現れます。

 

 

ナルシシズムは、結局のところ、鏡の中で自分自身を注視していることがよくあります。

 

 

この言葉は、ギリシア神話から引用され、プールの水に映し出された彼自身に恋している若いナルシッサスを、自分の鏡と表現しています。

 

 

この図は、ナルシシズムの割合は男性が女性より高いという点で正確です。

 

 

しかし、自分自身を見ている、自分自身について興味がある、または自分自身に魅了されている、本質的にナルシシズム的であるか?について、研究に基づいて言うならば、一般的な答えはNOです。

 

 

研究は、ナルシシズム、自己焦点と身体的魅力との関連が複雑で驚くべきことであることを示しています。

 

 

まず、誰もが自分たちは本当に魅力的だと思うことを知っておくことが重要です。

 

心理学における多くの研究は、自分の性格や能力についての人々の推論がしばしば誇張していることを示しています。

 

 

つまり、一般的には、私たちが実際よりも賢くて魅力的だと信じています。

 

 

いくつかの実験では、この誇張が、自分の顔が実際よりも物理的に魅力的であると認識している人々にまで及ぶことが示されています。

 

 

ある実験では、参加者の顔は、モーフィング手順によって多かれ少なかれ魅力的にされました。彼らは、自分の顔が変れられた顔のラインナップを見せられ(魅力的なイメージのグラデーションのように)、実際に自分の顔のイメージを選ぶように求められました。

 

 

人々は自分の顔が魅力的に誇張されたバージョンのラインナップから自分の実際の顔を選ぶ可能性が高く、顔のラインナップ中でも魅力的なバージョンをより素早く識別しました。

 

 

誇張のバイアスは、意識的で審議的な認知プロセスではなく、比較的オートマチックであるように見えました。

 

 

第二に、肉体的な魅力は、鏡を注視することと正の相関があります。

 

 

1つの研究では、鏡を注視する前の外観に満足していると報告した女性は、実際に自分を見つめた後、さらに魅力的に感じて満足しているようでした。

 

 

興味深い分野の研究では、女性と男性がミラーとして機能する反射ガラスのセクションを歩いている間を観察されました。

 

 

各自が自分のイメージを注視するのに費やされた時間が記録されました。

 

 

各参加者の身体的魅力は、実験観察者によって別でも評価されました。

 

 

女性と男性の両方にとって、鏡の注視に費やされた時間は、彼らの肉体的魅力と正の相関があったのです。

 

 

第三に、ナルシストは平均的な人よりも魅力的だと考えられています。

 

 

1000人以上の研究参加者から構成される50の異なる研究の統計分析(メタアナリシス)レビューでは、自己愛と肉体的魅力との間には小さいものであっても信頼できる正の相関があることが明らかになりました。

 

 

この研究は、観察者の魅力の評価(ナルシシズムの評価自体ではありません)に基づいていました。

 

 

したがって、身体的魅力の尺度は、低いものでした。

 

 

なぜナルシシストが自分自身をより魅力的に見立てているのかを想像するのは簡単ですが、実際には他の人にもなぜ魅力的に見えるのでしょうか?

 

 

ナルシストは鏡で自分自身を見て楽しんでいます。彼らは自分の壮大な自己イメージを増すために自分自身を身分証明するために、より多くの時間を費やすかもしれません。

 

 

このように、ナルシストは自らを客観化する傾向があり、自己の価値観を自らの性格ではなく、自分の外見に基づいて判断することができます。

 

 

 

最後に、ナルシシズムの特徴は共感と思いやりの欠如です。

 

 

多くの実験や臨床観察で、ナルシストは、他者の感情や経験を知ることを妨げるような、自己吸収的な視点を習慣的に持っていることがわかっています。

 

 

研究によれば、ナルシスト的な人々は、感情共有や覚醒(すなわち、他人の感情と共鳴する)、感情の理解、感情の調節のレベルで欠点があると示されています。

 

 

では、ナルシストの人の脳の中では、私たちの残りの部分と何が違うのでしょうか?

 

 

共感は、他人の感情を分かち合い、想像し、理解することを含むプロセスです。

 

 

神経科学の分野では、共感というこれらの構成要素を媒介することに関与する主要な脳構造が、前頭葉、前帯状皮質、および内側前頭前野の特定の領域であることを我々に教えてくれています。

 

 

前頭葉および前帯状皮質は、情報の流れを選択して調整する顕著性ネットワークと呼ばれるものの主要なところです。

 

 

前頭葉は、コグニティブ処理の2つの別々のネットワーク、すなわち効果的なタスク実行に関係する中央実行ネットワークと、自己反射プロセスに関与するデフォルトモードネットワークとの間の動的スイッチとして働きます。

 

 

言い換えれば、私たちの脳は仕事に集中することと自分自身に集中することとを切り替えることができますが、同時に両方を行うことは難しいのです。

 

 

右前頭葉はまた、感情を予期する上で重要な脳構造であり、自分自身について考えることに関係しています。そして、右前頭葉および前帯状皮質は、普通は他人と共感することに関連しています。

 

 

 

最近の脳画像研究は、ナルシストの共感における欠損は、前頭葉における機能障害によるものであることを示唆しています。

 

 

前頭葉が自らの注意を集中させるデフォルトモードのネットワークをオフにすることができず、顕性ネットワークの機能に不均衡があるように見えます。

 

 

言い換えれば、ナルシストの脳は自分たちの考えを止めることができないことを示唆しています。これはもちろん、他人の感情を共有し、理解する能力を妨げる可能性があります。

 

 

興味深いことに、ナルシシズム性人格障害を持つ人々の間でのこの共感の欠如は、一般に、他人の気持ちとニーズを特定する意図的でないことの結果であると考えられています。

 

 

しかし、これらは、最近の研究で、彼らの共感の欠如は、彼らの意識的制御の下にない認知処理の欠損から来る可能性があることを示唆しています。

 

 

他の研究では、ナルシストは意図的や故意に無関心ではなく、単に他人の感情を認識し、理解することができない可能性があることを示唆しています。

 

 

表情をみて感情を認識できることは、共感と思いやりのために必要な重要なスキルです。

 

 

恐怖、怒り、嫌悪、喜び、悲しみなどの表情を認識し理解する古典的なテストを使った研究では、ナルシストは感情認識の欠損、特に恐れや怒りを示しました。

 

 

ナルシストが認識タスクで悪い結果を表すというこの傾向は、タスク中の感情をどれくらいの間、認識しなければならないかにかかわらず、事実として現れました。

 

 

ですから、ナルシストは、他者の苦痛(恐怖と怒りを介して)を認識するのが難しく、彼らが共感しようとすることを妨げています。

 

 

神経画像処理実験では、高低のナルシストに振り分けられたサンプルの人々が、感情面の絵に共感することを含んだワークをしました。

 

 

ナルシシストは右前頭葉の不活性化がより低く、後帯状皮質および運動前野のより高い活性化を示し、ナルシストが自らの集中を止めるのが困難であることを示唆しました。

 

 

アンケート調査では、高い自己主張のグループは、個人的な不安感やストレスのある対人関係での不安など、自己志向の感情をより多く報告しています。

 

 

また、過活動性の右前頭葉のために、自分の感情的覚醒を調節することが困難であることもあり得ます。

 

 

自己焦点をオフにすることができないと同時に、内部世界の中で大量の刺激が、ナルシストの右前頭葉のインシュラ機能をさらに損なう可能性があります。

 

 

その結果、社会的世界における外部刺激の処理が歪曲され、ナルシシズムの人々は、他人の視点を捉えることに問題を抱くように見えるだろうと思います。

 

 

このように、ナルシストは自己焦点を制御し、他人の感情を認識し、自分自身の不安を制御することが困難であり、これらは共感、感情移入して対応することが困難な原因のようです。

 

 

ミラーが、私たちの感情を認識し、あなたがナルシストを見つけたと思ったときに、パート2にとどまり思い出させてくれる手助けになることは、興味深いことです。目に見えているより、もっと起こっているかもしれません!


“もしも、こうだったらなら…”の心理学 正しい過去の振り返り方とは?

時間を追って行けば、または「反証的な」思考では、結果が混在する可能性があります。

 

 

時に振り返る作業をすれば、物事がどう改善されたかを我々は考えます。

 

 

  • 私が高校のとき、演劇で、そのパートをやっていたら、アイビーリーグの学校で素晴らしい演劇プログラムに入ったでしょう…

 

 

  • 私のボーイフレンドが違う学校に転校したならば…それか私はまだ彼と一緒だった場合、私の人生はずっと良かっただろうと思う…

 

 

  • 私が20代のころ、この仕事の代わりに他の仕事をしたかったと思います。ただ、20代のころはそう思いませんでしたが、もしそうだったなら、私の人生は100%改善されたはず。

 

 

この思考を、私たちは “上向き”の反作用的な思考と呼びますが、同時にその時、あなたは、落ち込んでいる可能性があります。

 

 

私たちが振り返るときには、私たちの状況が悪化している可能性があると考えているのです。

 

 

逆に、

 

 

  • 振り返ってみると、私は中等教育を専攻しました。私は高校生を教えることが大好きで、毎夏に旅行するのが大好きです。振り返ってみると、これは私にとって完璧な仕事でした!

 

 

  • 夫と別れてハロルドと一緒になったことに毎日、私は感謝しています。離婚はストレスがあり、物事はしばらくトリッキーでしたが、私がそこにとどまっていたなら、私は悲惨な状況になっていました。

 

 

  • 私は20代にいたときに気まぐれにカリフォルニアに移住することを選んだことをとてもうれしく思います!当時、それは狂った考えのように思えました。今、私は素晴らしい家族と素晴らしい仕事をしています。そして、私は週に5日サーフィンをします。今までの最高の決定でした!

 

 

私たちはこれを「下向き」の逆説的思考と呼びます。実際にはかなり盛り上がるかもしれません。

 

 

下向きの思考の利点として様々な研究により、下向きの逆説的思考は、上向きの逆説的思考と比較して、心理的健康とより関連している傾向があることが分かっています。

 

 

下向きの事実上の思考が否定的な感情につながる場合、人々は生産的な行動をとるよう動機づけられます。そして、逆説的な思考が正の感情につながるとき、人々はある程度の人生の満足を感じるのです。

 

 

反事実的思考を探求した最近の研究で、ローレン・ステューダー(2016)は、心理学における私たちの大学院プログラムの卒業生は、親密な関係にある下向きの反事実的思考が相対的に正の関係があることがわかりました、たとえば関係の満足度になります(a result that parallels a past finding from my own research team’s work; see Geher et al., 2005)。

 

 

興味深いことに、女性が男性よりも特有の下向きの事実に基づく考え方になる可能性が高いことを発見しました。

 

 

言い換えれば、過去の関係を最善のものにできるのは女性が男性より多かったのです。ですので男性はこのような考え方に慣れていないようです。

 

 

 

上向きの反事実思考の利益とコスト

 

 

上向きの事実に基づく考え方には、いくつかの利点があります。あなたが試験のために勉強しなかった場合、次回に試験が予定されているときに、この事実をよく考えるかもしれません。そして、次回に効果的に勉強するための動機となりえます。

 

 

これは、上向きの事実上の思考はしばしば悲観的なスタイルに関連していると言いました。そして、比較的低いレベルの満足になることが分かっています。

 

 

だから、あなたが何か混乱させたことを考え直すことは、本当に人生の幸福と満足のための素晴らしい方程式とはなりません。

 

 

ひとつの方向

 

 

反芻はうつ病の特徴である。

 

 

反芻は、心理的な生活の中で、逆の事実上の思考をすることができます。このような思考が、「私は本当に台無しになった」心理によって特徴づけられ、自分の毎日の心理に浸透するようになると、否定が続きます。

 

 

あなたがこのような上向きの事実を考えていて、このトラップを自分で見つけたら、本当にそのトラップから抜け出し、前進するための措置を講じるべきです。

 

 

一日の終わりに、あなたが何年も前にやったことは、過去は過去であり、時間は一方向にしか動きません。そのうち、私たちは確信できるようになるのです。

 

 

 

ボトムライン

 

 

ある程度、あなたの人生は、あなたが作った選択肢の合計である、と考えることができるようになります。もちろん、いくつかの選択肢が他の選択肢よりも優れていることはあります。

 

 

過去の決定を振り返ること(つまり、反論的思考に従事する)は、人間にとっては自然なことです。

 

 

そして、上記のように、すべてが悪いわけではありません。

 

 

あなたが過去にいろいろなことをして生活していて、もっとうまくやったかもしれないひとつの事柄に集中しているのなら、未来はもっと難しいことになっているかもしれません。

 

 

結局のところ、これは一方通行なのです。そして、この旅路は、比較的、簡潔なものなのです。


自分の過去を、書き換えることができる?その方法とは?

新しい研究では、あなたの過去の思い出を再現するため、イメージ画像を使用しています。

 

 

いわゆる心につきまとう記憶は、何年もの間、人々を苦しめ、場合によってはうつ病の症状に発展することもあります。

 

 

あなたが友人を失ったり、事故にあったり、はたまた、あなたが愛した仕事から解雇された経験を思い出してみてください。

 

 

あなたは、その記憶を振り払うことはできません。診断可能な抑うつ障害を有する人々のために、過去のそれらの消えない記憶は、現在の自分自身の否定的な見解にのみ焦点があてられ、予測可能な将来に当てはめられます。

 

 

過去の否定的な思い出を何らかの形で意識して訂正することができたらどうでしょうか?

 

 

あなたは本来の出来事自体を変えることはできませんが、おそらく、あなたの幸福感のために、違ったやり方で、より適応性のある方法でそれらを捉えることができるのです。

 

 

ハンブルク・エッペンドルフ大学(ドイツ)のSteffen Moritz氏ら(2018)は、うつ病性の障害と診断された人々に対する「イメージスクリプト」の有効性をテストしました。Moritz氏と彼の同僚によると、「よりよい未来のために過去を変えたい人間の欲求」があります。

 

 

イメージの再スクリプト化では、あなた自身を “慰めたり防御したりする”努力の中で、あなたを過去の嫌な経験のところまで戻すときに、 “ハッピーエンディング”につながる “想像力によるマイナスの記憶を編集することができます”(74ページ)。

 

 

あなたは実際には、そのメモリを消去することはしませんが、元のメモリと競合し、その結果、その力を弱めるか、修正された方法でそれを保存します。肯定的な精神イメージを通して、あなたはあなたの人生について、よりコントロールできるようになり、無力ではなく、絶望的でないと感じることができます。

 

 

ドイツの研究者たちは、嫌な記憶を改める、ひいては否定するイメージの強力な能力は、あなたの記憶が知覚的であることに一部起因していると考えています。

 

 

言い換えれば、あなたは悪い出来事について考えるだけではなく、あなたの心の目でそれを見ることができます。

 

 

これらのイメージは、あなたが記憶に付け足した単語の影響を大きくするのに役立ちます。

 

 

イメージリスティング(「IR」と呼ばれる)は、心理療法で提供された場合に機能する治療アプローチです。

 

 

この研究で著者らは、うつ病と診断された人々を介入群または待機リスト対照群の1つに無作為に割り当てることによって、2つのバージョンのセルフヘルプマニュアルを効果的に比較した治療としています。

 

 

Moritz氏と彼の同僚は、大学の医療センターでの920人の患者サンプルの3つのグループのうち、1つに無作為に割り当てられた127人の患者の最終検体について、そのアプローチをテストすることができました。

 

 

介入マニュアルは、その範囲と介入の根拠を説明することから始まります(短いバージョンでは3369、長いバージョンでは4949ワード)。

 

 

介入自体に移る前に、参加者には、症状が解離に関連している場合、または心的外傷後のストレス障害に起因する場合に対面治療を求めることが勧められました。

 

 

次に、参加者は、 “これはパイプではありません”という言葉とともに、パイプのルネ・マグリテの有名な絵を見ます。つまり、パイプの塗装は実際にパイプそのものではありません。したがって、「現実と想像とを区別する必要があります」。

 

 

この魅力的な導入は、実際のオブジェクトとそれらのオブジェクトを表すイメージとの間に差異があることを示すものであり、次にメモリの誤謬に関する議論につながります。

 

 

偽の思い出の視覚的なバージョンの中で、ボールや毛布がない典型的なビーチシーンの写真を研究者は見せました。

 

 

しかし、この写真のアイテムを思い出すとき、ほとんどの人は、これら2つのものが共通して海辺に関連するオブジェクトだと誤って覚えています。

 

 

研究者たちは、あなたの知覚と記憶が実際に信頼できるかどうかに関して、これらの質問を植えつけた今、マニュアルにおいて、介入の核心に達したことになります。

 

 

過去の記憶の書き直しは、参加者が子供時代からの否定的な出来事を想像し、「その場に入り、若い自分を守り、慰める」という指示を受けた「時間旅行」の形で起こりました。

 

 

彼らは、事故が起こる前に防いだり、負の出来事を幸せなものにするよう言われます。

 

 

あるいは、別の例では、不安のためにシャットダウンするのではなく、引き続き話しをするよう言われます。

 

 

この想像上の旅では、彼らは架空の思いやりのある人物(ハリー・ポッターの人物など)になり、必要に応じて飛ぶこともできるようになりました。

 

 

この演習のポイントは、過去の新しいバージョンと改善されたバージョンを実際の不幸なバージョンのメモリに混在させることでした。

 

 

セルフヘルプマニュアルで最も魅力的な演習は、これらの想像上の改革をさらに進めました。

 

 

参加者は、醜いイメージ(著者が言ったような「ブロブ・フィッシュ」など)を想像し、そのイメージを美しく見せたり、誇りを感じるよう、段階的に変換するように指示されました。

 

 

変わっていく間、参加者は彼らの姿勢をまっすぐにして、より美しく感じられるように指示されました。

 

 

もう一つの変化には言葉が関係していました。参加者は、彼ら自身が「ばか」であるという負のラベルから始め、自分自身について良い気持ちになるようなものに変わるように言われました。

 

 

介入治療の最後の部分は、思考抑制に関する認知心理学からの知見を利用しました。おそらく、あなたは白いクマについて考えないように言われている「シロクマ」エクササイズについて聞いたことがあると思いますが、白いクマを考えることができないことに気が付くでしょう。

 

 

彼らの否定的なイメージや考えを止める代わりに、参加者は彼らをより幸せで楽しいものに変身させるよう奨励されました。

 

 

著者らは、3つの実験群を比較すると、IR法は実際には6週間の期間にわたって、うつ症状を軽減するのに成功しましたが、長い形で与えられた場合にのみ成功していることを見付け出しました。

 

 

さらに、介入は不安を緩和するのに役立つものではなく、抑うつ症状がより強く、変わりたいと言っていた人、さらには積極的に介入に参加した人々に効果的でした。

 

 

著者らは、「私たちは過去を変えることはできない」が、IR手法は、過去の出来事との否定的な関係から自分自身を解き放つ方法を見つけることができると示しました。

 

 

標準的な認知行動療法は、感情を変えるための人々の思考の変化に焦点を当てており、IR方法は、口頭ではなく視覚に焦点を合わせたもので、このアプローチにも適合したのでしょう。

 

 

要約すると、あなたが後悔や悲しみを感じさせる過去の出来事のイメージを通して、次の機会に自分のイメージを掘り下げたとき、この革新的なやりかたは必要なものかもしれません。

 

 

あなた自身とあなたの過去についてのあなたの仮定だけでなく、視覚的な記憶にも挑戦してみてください。あなたはより充実した未来に向かうことでしょう。


ミッドライフクライシス(中年の危機)は、考える必要無し?

まず、人生の中盤、新しい幸せの基準は、基準自体が存在していないとする理由を示しています。

 

 

 

あなたは間違いなく、中年における危機的な状況と、大人の幸福観に関する大規模な研究について聞いたことがあるでしょう。

 

 

中年以降の人格を研究する心理学者は、生涯の中盤期において、幸福観が低下し、不幸観がピークになる、いわゆるU字型曲線について、エコノミストとは異なる結論を導いています。

 

 

この議論の多くは、水と油のようであり、エコノミストは単一項目の幸福評価を見ており、心理学者はより深い適応と性格を見て、人が40歳(研究に応じて45歳、または50歳)に達すると、突然、健康が崩れるかどうかに注視しています。

 

 

更なる批判は、(「幸福曲線」を唱えた)ジョナサン・ラウシュが認めたように、危機の存在が彼に「彼の憂鬱を見つけるのを助けた」のだと述べています。

 

 

あなたの不幸は、単なる「事」であって、あなたの人生にとって唯一のものではないということを証明できたことは、良いことです。

 

 

他の場所で議論されているものに惑わされずに、大人の新しい幸福観について見てみましょう。

 

 

ウェルカムセンターカルチャーアンドエンヴァイロメンツアンドヘルス(エクセター大学)が主催する「ミッドライフカンバセーション」と題した会議で、中年の危機に関する社会的通念について話すように求められました。

 

 

私はここ数年、重要な文献を掘り下げることにしていました。そしてU字型の幸福曲線を描いています。

 

 

ヘルシンキ大学のSeppo Laaksonen(2016年)は、関連性の高い基礎をカバーするU字型曲線概念の批判的な意見を提示しました。

 

 

Laaksonen氏は、他の研究者は曲線を再現できないと指摘し、分析に特定のコントロールが組み込まれている場合、コントロールが適切である場合、そしてそうでない場合に分けました。

 

 

フィンランドの研究者は、これらの質問をテストに当てはめるために、米国と英国で実施された大規模調査、年齢と幸福観の関係に影響をおよぼすような操作についての統計テストを行いました。

 

 

年齢と幸福観の関係には、操作が存在してはならないと主張する正当な理由があります。この関係を操作することで、高齢化に伴う条件が、高齢者の生活経験に与える影響を抑制してしまうのです。

 

 

健康や夫婦間の状態を幸福観に影響を及ぼす要因として取り除いたとしても、65歳以上であったり、健康状態が悪い、または配偶者やパートナーがいないということが、幸福観を判断する材料となりえる事実は変わりません。

 

 

同様に、収入を操作するということは、払うお金がない高齢者は、不幸せではないにせよ、お金を持つ人よりは不幸せであるということが強調されていることになります。

 

 

Laaksonen氏は、10歳から曲線は下降し、50代まで安定してぶら下がっている曲線があるかもしれないと結論づけていますが、それは、(1)幸福を減らす要因を制御し、(2) 「落下」は40歳未満から50歳をはるかに超えて変化する可能性がある、という二つの見地から成り立っています。中年の危機が特定の年齢や年齢層に結びついていると思われる場合は、我々が求めるものではないでしょう。

 

 

なんらかの理由で、Laaksonen氏や幸福曲線を描いた多くの人々からの証拠があるにもかかわらず、この考えは依然として持続しており、実際には、ほぼ世間に受け止められています。

 

 

幸福曲線をGoogleですばやく検索すると、途方もない中年危機に瀕した漫画や、そのような悲惨な中高年を対象とした商品の広告が出てきます。

 

 

中年の危機のチェックリストには、「あなたはバンジージャンプをやろうと思っていますか?」、「真剣にタトゥーを考えていますか?」というイメージがあるのです。更なるイメージは「落ち着きましょう、中年だけのものです」というテーマです。

 

 

中年のキッチン用の料理本と「中年のビールの危機」を生き残るためのブログなどもあります。リストは続々と続き、すべてを取り込むことは不可能ですが、あなた自身で試してみることはできます。

 

 

文献に戻ると、Laaksonen氏よりも古い研究では、U字型曲線の問題が強く取り上げられています。実際、ワーウィック大学(英国)のU字型曲線の著者の1人が私に送ったものです。

 

 

そこでは未発表の原稿のデータが提供されています。

 

 

「現代人は中年期に精神的な苦しみを感じていますか?」これは、大規模な調査分析の中での「全体的に、あなたの人生に今どのくらい満足していますか」という質問に0点から10点で回答したものが基盤になっているものです。

 

 

曲線は落下を本当に意味していますが、ここでは見当たりません。

 

 

スケールは、範囲全体の切り捨てられたセクションを表します。

 

 

「落下」には7.2から7.8の差が含まれます。

 

 

著者が主張しているように、大きなサンプルサイズは、この発見が統計的有意性を確実に達成するため、統計分析はこの論文では提供されていません。

 

 

しかしながら、私がそれを受け取った形式からグラフを描画すると、曲線はかろうじて識別できるほどのぐらつきのある線に変わります。

 

 

クロスナショナル・データの他の書評は、U字型現象の普遍性にさらなる疑問を投げかけています。

 

 

ロンドン大学のAndrew Steptoe氏の2015年のランセット記事では、世界のいくつかの大きく異なる地域で、年齢別の幸福観を調べています。

 

 

このようなU字は、高所得の英語圏の国々でしか観察されませんでした。

 

 

これは中年の危機について研究するものの間で長い間言われてきた、裕福な人だけが中年の不安に耽るという考えを支持するものです。

 

 

しかし、所得格差が強調され、低賃金労働者が自らと非常に裕福な人を否定的に比較するように導いているため、高収入国では中高年期の危機が長く続く可能性もあるのです。

 

 

また、以前の縦断的研究(Harvey et al 2018)によれば、仕事のマネージメントが低く、仕事の緊張感が高い人が、中年期に悪影響を受ける可能性が最も高い人々です。

 

 

考慮すべき最後のポイントは、誰が人生の後半において調査の質問に答えることができるかということに関係しています。明らかに、長生きしないような人、質問に答えられない人生を送っている人もいるのです。

 

 

研究者がテストを行えるのは生きている人だけです。彼らの一生は、幸せであったかもしれませんし、うつでもなかったかもしれません。

 

 

データ分析が生きている人のみに基づく場合、現れた結果は完全に異なる可能性もあります。落下の代わりに、あなたは直線であったり、上向きなものさえ見ることになるかもしれません。

 

 

この問題がライフスパンよりも、別のことから来ていると考える研究者の世界においては、ほとんど考慮されていないのです。

 

 

要約すると、中年の危機の研究者、あるいはU字型の曲線でさえ、彼らの道をつくることは非常に少ないチャンスであり、私たちが戦ってきたこれらのコンセプトは途中で崩壊してしまうかもしれません。

 

 

事実として、この社会的通念を受け入れる必要がある場合には、複数の役割のために複数の要求を抱えている人々に害を及ぼす可能性があります。

 

 

また、すべてのストレスフルな人を助けるためにも進むことが賢明かもしれないからです。その自己実現的預言という見方をメディアから遠ざけることも意味をなすかもしれません。

 

 

一度、U字型の曲線が一般化されてしまうと、人々は社会に沿うように、Uの低い点にいることを認めてしまいます。大規模な研究の場合においての100万人の中の一人のNというのは、印象的ですが、それはあなたの人生の何十年にもわたり達成する必要がある一つのNなのです。


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