同性愛者に対する会話セラピーは自殺の可能性と関連がある?最新の研究が同性愛者に対する会話セラピーの危険性を明らかに?

 先週新しい映画Boy Erasedを見に行った時、観客の半数は涙していました。この映画はセラピスト又は宗教に通じる専門家が同性愛に悩む若者を“治す”とされる同性愛者会話セラピーについて描かれています。映画の最後では約700,000のLGBTアメリカ人がこのセラピーを受けさせられたという統計が表示されました。この推測は性同一性や性傾向に関する会話セラピーが含まれています。

 

 

 精神医学にはLGBTの人々のサポートにあたって黒い歴史があります。精神医学はむしろ彼らのサポートをしていないのです。同性愛は1987年に精神疾患診断統計マニュアルの項目から削除されるまで長い間精神疾患として扱われてきました。そうして除外されてから、この分野は同性愛に対して新しい姿勢を取る様になりました。現在では、性嗜好に関する会話セラピーは倫理的ではないとアメリカ精神医学団体、アメリカ青少年精神医学学会の両方によって定義されています。

 

 

 大半の人が気付いていないことは、青年に対する性嗜好の会話セラピーが有害であるかどうか研究されたことがなかったということです。それを考えれば多くの論争に必要性がないことが分かります。専門家の総意を元に、成人に対する会話セラピーの有害性に関する文献や推論、多くの医学雑誌は性的傾向に関する会話セラピーは倫理的ではないとしています。

 

 

 今月発行された同性愛新聞に掲載された研究では、ついに青年期における性嗜好の会話セラピーは精神衛生に悪影響であることを示す具体的な証拠を掴みました。その研究では21歳から25歳のLGBT者を245名集め、彼らは以下の様な2つの質問を聞かれました。

 

  • 13歳から19歳の間で、あなたの両親やあなたの世話をした人がどれほど頻繁にあなたの性的傾向を変えようとしましたか?(例、異性を好く様にするなど)
  • 13歳から19歳の間で、あなたの両親やあなたの世話をした人がどれほど頻繁にあなたの性的傾向を変える為にセラピストや宗教指導者の元へと連れて行きましたか?

 

 

 

 またその研究で被験者は精神衛生を測る調査も受けました。両親が彼らの性嗜好を変えることを強要された人は自殺を試みようとした率が通常の3倍あることが分かりました(aOR 3.08,95% CI1.39-6.83)。そして、両親が彼らの性的方向性を変えようと専門家(セラピストや宗教指導者)に助けを求めた場合、その子供が自殺を試みた確立は通常の5倍という結果になりました。(aOR 5.07,95% CI 2.38-10.79)

 

 

 全体を通して、精神医学は人々の性方向性を変えようと試みることを非難しています。今ならその試みが危険であることを示す更なるデータが提供されています。以前にも述べた様に、ある州ではこのようなセラピーや試みを禁止しています。この事実が他の州の議員にも同様に働くことを期待しています。

感謝すると健康的になる?

感謝の念を持った干渉は、食習慣を向上する可能性があります。

 

 

感謝祭の予定はどうでしょうか?

 

 

私個人としてはジョーイ・トリビアーニの感謝祭用パンツを履いて、七面鳥やその詰め物、グレービーソース、マッシュポテトをこれでもかと頬張る予定です。もっと大切なのは、祝日とは私達が得た恩恵を数え、感謝する時間であるということです。たとえ去年程残念ながら健康で幸せに思えなかったとしても、これは変わりません。でも多くの人は減量や健康的食生活に切り替えることにとても苦労している様です。

 

 

 以前の研究で、ポジティブな心理的介入は気持ちを良くし、より健康的に過ごす手助けをすることを証明しています。フリッツとその同僚による研究社会心理学雑誌に掲載された研究では、これを更に発展させ、感謝が食事に与える影響を調査していました。その研究結果は、数分間感謝に関連する行動(特に“感謝の文”を描くこと)を行うことによって健康的な食事を選ぶのに良い刺激となることを証明していました。

 

 

感謝の念と健康的な食事

 

 最初の大学生を調査対象に含んだ研究では、感謝を感じている人はより健康的な食生活を送っていることを表わしていました。しかしながら、この最初の調査に用いられた方法は感謝の気持ちを増幅させることに失敗してしまったため、次の第2の実験ではより強固な感謝の念の介入方法が用いられました。

 

 その第2の実験では1,079名の9、10学年(日本の中学3年生と高校1年生にあたる)を対象とし、慈善事業家のサポートを反映させながら感謝の念の効果を観察しました。調査員は無作為に被験者を選び、3つある感謝状況の1つを課題として与えるか、比較対象となるグループへと振り分けました。感謝の状態はどれも感謝の気持ちを作り出す週に1度5分間の活動をすることが決められていました。

 

 特に感謝をする活動とは、参加者は親切にしてくれた人に対して感謝の気持ちを手紙に記したり(例、振られた時にサポートしてくれた等)、学術的なサポートをしてくれたことや自分の健康や幸せに関するサポートをしてくれた人に対して手紙を描くことです。比較するグループの活動としては、被験者は日々の行動をリスト化する活動が指示されました。

 

 感謝を表わすグループの参加者は更に感謝を述べた対象の分野 (例えば、学業にまつわる事柄に感謝を述べた者は学問)において週に30分自身を向上する様に時間を使うように指示しました。反対に比較対象グループには計画性の向上にその時間を充てるように指示しました。

 

 結果として、感謝するグループは(比較グループと比べて)全体を通して健康的な食事をしていたことが分かりました。そしてその差異を大きくはないものの感謝チームはネガティブな感情を経験することが少なく、よりポジティブな感情(感謝の気持ちを含む)を抱く事が多かったようです。

 

 しかしながら、健康的な食生活と感謝をする行動の関係性は“ほんのわずかに暗示”されていることが3ヶ月に及ぶ追跡調査によって分かっています。更なる利益をそこから得る為には、感謝行動を規則的に行う必要があるでしょう。

 

 

感謝をすることは感情の制御の手助けとなる

 

 なぜ感謝するという行動がより健康的な食事へと繋がるのでしょうか?可能性として考えられるメカニズムは直接的ではありませんが、有り難く思う気持ちは負の感情に影響を与えられるようです。ネガティブな感情は人々が食事を上手く制限することを難しくしてしまいます。それに対してポジティブな感情は不愉快な気持ちを減らす効果があり、感謝をする(例えば感謝の念を手紙にする)という行為は負の影響(緊張、恐怖、怒り、罪の意識、悲しみ、一般的憂鬱など)の影響を減らして、健康的な食生活といった健康的習慣を促進する効果があります。

 

 喧嘩をした後など怒りを感じる時、私達は感情的に食べる行為へ走り勝ちです。この行為は脂っこいものや、甘いもの、しょっぱいもの(ジャンクフードのような健康に悪いが美味しいと感じるもの)等を食べる傾向のことです。

 

 例を1つ考えてみましょう。例えば酷いデートに行ったとすると、その後にはあなたは拒絶されたとか意味がなかったと感じて、強い孤独感や羞恥心に苛まれるでしょう。しかし、数分間あなたの後援者(同僚、親族、友達)がどれ程あなたのことを深く気遣ってくれたかを思い出せば、あなたの辛い気持ちは和らぐかもしれません。一度良い気分になってしまえば、不健康な方法で自分を慰めようとはきっともう思わなくなることでしょう。

 

 しかし感謝の気持ちをほんの短い間持つことだけであなたの鬱や不安感を打ち消され、ほんの数日の間にすごく健康的な食生活へと繋がると期待してはいけません。ですが、あなたが受けた親切に対して感謝の念を忘れないでいることは、いずれあなたをよりよい方向へと後押ししてくれることでしょう。

大学生のメンタルヘルス危機とは?

調査報告された問題の裏では何が起こっているのでしょうか?

 

 

2014年、私は“大学生のメンタルヘルス危機“、”何がそうさせているのか“、”その為に私達は何ができるのか”というシリーズを執筆しました。このテーマに関しての質問やインタビューのオファーは、他のどのテーマよりも多く受けています。この問題をより深く考察したため、こうしてこのテーマの最新版を公開するのに適切な時期だと思いました。

 

 

 “大学生のメンタルヘルス危機”とはいったい何を指しているのでしょうか?これは次の様な事実を指していて、(a)かなり多くの大学生がメンタルヘルスの問題を抱えているということ(学期間など)、(b)過去15〜20年において大学構内におけるメンタルヘルスサービスの需要が劇的に高まったことです。

 

 

 もう1つ数値に関わる例を挙げると、“去年の治療”に関わる値が2007年は19%であったのに対して2017年は34%と上昇していたことが先月の調査で明らかになりました。さらに、メンタルヘルスの問題を終身的ものと診断された生徒は2007年の22%から2017年は36%へと上昇した。これらの分野で起こっている傾向は1990年代を通して着実に上昇していました。この危機の極めて簡単な結論は以下の通りです。

 

 

1980年代のどの時期でも、10人に1人の大学生はある種のメンタルヘルスサポートを必要、取得していたと考えられますが、今ではその数は3人に1人となり、増得続けています。

 

 

 数値に関してクイズミリオネア的な難しい質問があります。いったい何が起こっているのか?精神病は国内中で“蔓延”しているのか?それともメンタルヘルス治療を切望するような方向へ変わってきているのか?私の意見では主要な原因はメンタルヘルス治療に対する姿勢とその使用が変わってきたことであり、それは実際に感情的に弱く苦悩するようになったという第2の重要な原因と組み合わされています。(よって、強い不安や鬱の状態が増えたということになります。)

 

 

 私が述べた最初の理由は事実として確かです。というのは、人々のメンタルヘルスについての考え方には大きな変化が起こっていますし、メンタルヘルスサービスの使用に意欲を示す人が増えています。この人々の態度の変化が上記の変化の主要な理由であることは明らかですが、学者の中にはこの理由がこれらの変化の唯一の理由であると述べる者もいます。この危機の解釈すると、人々がメンタルヘルスに悩んでいた率は、80、90年代と今とでは大差がありません。しかし、80、90年代の人々は今と比べると彼らは自分が抱える問題を公に話すことは少なく、何かしらの治療を望むこともなかった上に(これはメンタルヘルスに問題を抱えることを恥じていた為かもしれません)、メンタルヘルスやその治療に関する知識もほとんどなかったようです。

 

 

 私が尊敬する心理学者であり、PTブロガーであるトッド・カシュダンは最近ある記事を作成しました。その中で彼は、学生はより繊細であり不安になる傾向が強いことを述べていましたが、精神病の蔓延に関しては異を唱え、メンタルヘルスの問題が悪化していないことを証明するデータを示しました。例えば、国際共存症研究によると1990年から1992年の間には約30%の人々がメンタルヘルスの状態を調べられていましたが、その数値は2000年から2002年の間とものとほぼ同じであったとしています。しかし、同じ様な基礎値ではありましたが、実際に2000年代に治療を望んだ人々の数は以前の約2倍でした。ロナルド・ピースは類似した主張をしていて、変わったのは実際の精神疾患の程度ではなく、治療に対する姿勢が変わったとしています。

 

 

 彼らの議論は確かに重要なものではありますが、彼らが用いたデータはこのテーマに関わる唯一のデータではありません。私は物事が悪い方向へ動いていることを示す様々なサインを見てきましたし、特にこの年代やここ10年のデータを見れば明らかでした。

 

 

 一般的人口レベルに関するデータはかなりはっきりとした傾向を示しています(例えばカシュダンやピースによって提示された研究です)。このデータは同時に国の幸福度や充足感が何かしら減少していることを物語っています。私達はアメリカにおいてある特定の人口は不穏な傾向に直面していることは明らかです。例を挙げれば、自殺率、薬物乱用、中年や低所得の白人に見られるなどを私達ははっきりと認識しているのです。

 

 

 また、青年や青少年の傾向は事態の深刻化の証拠を精神病理学において示しています。ジーン・トウェンジは同年代のデータを注意深く辿り、ストレスや鬱、強い不安感において著しい変化があったことを発見しました。NIMHは青年の主要な鬱病診断の頻度が高まったことを見つけていて、2006年に7.9%だったその数値は、2016年には12.8%と急激に上昇していました。これはほぼ50%の上昇であり、この診断は信頼のおける確かなものです。100,000人における青年と青少年の自殺率にも急激な上昇を見ることが出来、2006年には9.9だったのが、2016年には13.5と跳ね上がっています。こちらも同様に以前よりも50%の上昇です。確かに変化ははっきりと実在し、それらは自己報告や治療使用によるデータではありません。

 

 

 同じ様な傾向は鬱を感じる大学生の事故報告にも見ることが出来ます。アメリカ大学健康団体は大学生を対象とした大規模な例年報告をまとめました。強い不安感、鬱、孤独感、自殺願望といった感情に関するデータを2008年と2017年のデータ2つを取り上げます。

 

 

不安、鬱、自殺願望においてかなりの増加を見ることが出来、孤独感の上昇も少し確認することが出来ます。

 

 

 まとめると、実際に精神疾患や鬱傾向を指摘するデータは沢山あるということです。最もはっきりとしたデータとして、2000年代以降子供、青少年、青年に世代的傾向が強まっていることが挙げられます。ここで私が述べておきたいのは、この問題は大学生に限ったことではないということです。大学に通っている生徒が、大学に通っていない人よりも精神が病んでいるという証拠や裏付けはないのです。

 

 

 私がぜひ皆さんに理解して欲しいのは、大学生のメンタルヘルス危機とは、大学生が精神治療を求める率の上昇に関連しているということです。治療の必要性を感じ、サポートを求めた率は80年代に10%であったかもしれませんが、現在は約33%です。この劇的な上昇は、鬱を報告し実際に治療を求めて受けるという態度の変化と、実際にストレスや鬱、不安、それに関連する問題の増加の両方によるものです。

 

 

 この傾向の減少の兆しは今のところありません。実際に私はこの傾向をジェームス・マディソン大学カウンセリングセンター監督のデイヴィッド・ワンスタック博士と話しました。彼はこの傾向をこれ以上“危機”と呼ぶべきではないと述べていました。なぜなら、この傾向は既に10年以上続き、減少傾向は見られないからです。むしろ、この苦痛の種とも言える現象は“新しい普通”となりつつあるのでしょう。

 

 

私の次の記事はなぜ変化が起こり、私達がすべきことのサポートとなったのかということについて述べていきます。

どれだけ多くの顔を覚えていますか?

顔を認識する記憶力はもしかすると無限かもしれません。

 

 人生において私達は顔の認識を記憶に頼っています。例えば、私達は小学校のクラスメイトを思い出したり、朝の出勤を共にするご近所さんやお気に入りのドラマの俳優の顔などを思い出せますよね。ですが、どれ程多くの顔を長期的記憶にしまっておくことが出来るのでしょうか?

 

 ヨーク大学の研究者はその数を把握しようと奮闘し、人々は平均約5000の顔を記憶していることを突き止めました。この数値は私達が認識する顔の数であって、私達が認識可能な上限の数値ではありません。

 

 “覚えられる顔の数には、もしかすると上限がないのかもしれません”、とこの研究の先導的筆者のロブ・ジェンキンスは述べています。この研究はロイヤルソサエティーBの進行と題された雑誌に敬されています。私達が認識出来る数千の顔の数は、私達の知的能力のほんの一部分でしかないのかもしれません。

 

 ジェンキンスとその同僚達は18歳から61歳までの被験者25人を集め、彼らに自分がはっきりと認識出来る顔のリストを作成してもらいました。研究者たちは被験者の記憶を刺激するのに、同僚、友達の家族、店員などのヒントを与えました。被験者は知っている有名人の顔も全てリストに記しています。

 

 そして次には、研究員は被験者にスライドショーで有名人の顔を見せて、被験者が事前に答えた有名人の顔の数と実際にスライドショーで認識した数との比を計算しました。(この実験は一般の人の顔では行われていません。というのも、有名ではない人の顔を集めるのは実現困難であるからです。)被験者が自分で作った有名人と一般人両方の顔のリストは、研究者が最終評価を下す手助けとなりました。

 

研究チームは、被験者の記憶には平均して約5000の顔がリスト化されていると結論付けました。その記憶容量は被験者によって大きく異なり、1000から10000という大きな差があるようです。この差はその被験者がどこで育ったかということに起因しているのかもしれません。ジェンキンスは被験者が田舎と都会どちらで育ったかということによって、テレビを始めとしたメディアへの接する割合の大きさが比例している為ではないかと推測しています。

 

 人々は小さく狭いコミュニティーから大きく連結しあう世界に移り住む様になったことで、顔を認識し覚える能力は重要になったようでした。“もし数百の顔を見分けられる認知装置を作り出したとしたら、それは数千の顔にも対応することが出来る装置であるかもしれない。しかし、私達が持ち合わせている記憶要領を拡張出来る様な方法を見つけ出さない限り、これは難しいことだろう。”とジェンキンスは述べています。

 

 

 私達が知っている顔のコレクションはとても素晴らしいものです。なぜなら、新しい顔を覚えるということはつまり、歳を重ねたり、話の場面によって異なる同じ顔立ちのものをある一つの顔として認識出来るからです。顔は、お化粧をしたり、髪を切ったり、5年月日が経ってば変わるものであり、部屋の明るさによって見え方も変わります。ジェンキンスによれば、“それぞれの顔を覚えるということはつまり、その人の多様性を覚えるということ”であるそうです。(忘れてはいけない重要な点は、一般的にほんの僅かな時間だけ見た顔を思い出すのは非常に難しいということだと彼は述べています。この欠損は、法や犯罪科学おける目撃証言などにおいてとても重要な点となります。)

 

 

 どれだけ多くの顔を認識できるのかを見極めることは、顔認識の弱点を理解することに値するとウィルマ・バインブリッジは述べています。彼女はメンタルヘルス国際機関の博士研究員であり、映像の認識と記憶に関する研究をしていて、認識出来る顔の多さはアルツハイマーを判定する目印となる可能性を持っているのではないかと示唆している人物です。

 

 バインブリッジによると、脳は対象記憶に関する大きな容量がありますが、顔を認識するのには特別な記憶過程があるということを根拠づける証拠がある、としています。人類は早い段階から顔の幾何学にさらされていきました。というのも、研究によると幼児は2つの並んだ点の下に1つ点がある画像(より顔を思わせる構図)を、1つの点の下に2つ点が並んだ画像よりも好むことを証明しています。また他の研究によれば、顔は視覚的に強い影響を持っていることを発見しています。この研究では、コンピューターゲームの参加者を対象に行われ、顔を含んだ画像と含んでない画像を見せた結果、顔がある画像の方がより記憶に残っていることが証明されています。

 

 

 進化における適応能力は特に人間の顔記憶の能力を説明することができます。また、感情や脅威のある顔は特により記憶に残るとし、ベインブリッジは次の様に言及しています。“知っている場所や知らない場所を把握することはそれ程大事なことではないかもしれませんね。だって、時間を掛けて歩き回ることが出来ますから。でも友達か敵か、即座に判断することはとても重要なことですね。”

上司は部下よりも精神が不安定?

最新の研究は、少しの精神異常はリーダーにとって有益であることを示唆しています。

 

 

 研究によると、リーダーは無情さや、大胆さ、そして支配する能力を備えることによってよりリーダーらしくなることが示唆されています。

 

精神が不安定で異常を来している人は、自分が力を得る為に他人を虐げてしまう傾向が強いことで知られていますね。この観点から言うと、CEOや政治家と犯罪者や暴力的な人との違いは、あからさまな反社会的行動を避ける能力の有無であると言えます。

 

だからこそ彼らは逮捕されることがないのですね。共感する能力のない人は、彼らの要求を通す為に乱暴に力を振るい、他人を傷付けるような自身の行動すら後悔することはありません。

 

 もしかすると、あなたやあなたの知り合いの周りには特に意地悪な性分で、他人の弱く低く見せようとすることに良心の呵責のない上司がいるかもしれません。どうやら彼らは他人を退けることばかりに気を掛けて、他人を傷付けたことなど意にも介さずに、他人の言動に目を光らせているようです。

 

 アラバマ大学のカレン・ランデイとその同僚による(2018)“悪の主君に使えるべきか?”という名の記事には、次の様に述べられています。精神異常者と同様に、モラルのコンパスを持ち合わせていない企業のリーダーは高く評価され過ぎている、と。そしてこの観念に基づいて発展した話は、“成功した精神異常者”に関した人気のある文献へと牽引するような興味を引くものでした。しかし、ランデイとその同僚達は、その話は重要な項目が抜けていると主張しています。

 

 

 彼女たちが主張するその見落とされている点とは、リーダーシップの発生とその効力の間の違いにあります。

 

精神的に病んでいる人たちは、他人を支配したいという欲望から素晴らしいリーダーになりたいと望みますが、彼らが全員悪い人であれば、きっと彼らはトップに立てるのでしょう。嫌な上司を思い出してみて下さい。

 

本当にそんな意地悪な人のために働きたいですか?

 

全力で彼らの野望を阻止したいと思いませんか?

 

休憩のコーヒーやランチタイムを見つけては、毎回内部告発者のシナリオを夢見て、同僚と策略を練ったりすることはありませんか?

 

だとしたら、ではどうやって個人が有能なリーダーになれるのでしょうか?

 

個々が頂点に上り詰めることが出来る方法は、上司を騙して上手く利用し出世させてもらうか、その上司を追い出すように弁護士をちらつかせながら恐喝するという悪意ある行動のどちらかしかありません。

 

 

 ランデイたちによると、以前の研究では十分に認知されていなかった重要な区別をきちんとする必要があると述べています。

 

まず始めに、精神が不安定な状態は簡単で単純なものではありません。精神異常を測るのにある一つの要素を用いることもありますが、研究者達は精神不安定者を多面的価値を持ったものであるという考え方をするように推奨しています。

 

その多面的な価値とは、内的支配(大胆さ)、衝動性(非抑制)、卑劣さや意地悪さ(共感能力の欠如)を指しています。

 

 その他の精神病に関連した方式は複数の想定性です。これは個人が他人好意を持ってもらえるよう振る舞うことで、他人に自ら道を明け渡させ、退けることに値します。

 

加えて、リーダーシップの発生を定義するのはとても困難です。ある人が重要な地位へと出世するかもしれませんが、それは2、3年しか持たないものかもしれません。もしかすると雇用主が彼にうんざりしてしまい、その出世した人は解雇になる前に辞職するかもしれませんよね。人々があなたに好感を持って、喜んであなたの為に働きたいと願うから、あなたは良いリーダーと呼べるのでしょうか?

 

それとも、あなたがしっかりとした企業理念や事業に関する考えがあるから、良いリーダーとなるのでしょうか?

 

例えば、あなたはあなたのボランティアグループに酷い扱いをしたとします。でもそのグループはきちんと募金を募ることが可能なのです。

 

 方法論や定義的問題とはまた別に、精神不安定者とそのリーダーシップとの関係には性別が何かしら作用しているのではないかとランデイたちは示唆しています。結局のところ、女性は重役に就くことが少ないという事実だけではなく、女性達はそのような重要な役職において必要な支配能力に優れていないということはよく知られています。女性は男性と同じ様に“邪悪な”振る舞いをすることは難しく、他人からそう受け取られることは難しいのです。

 

 

 出版の是非に関わらず、ランデイたちの研究基準に合った文献を参照した後、彼女達は92名の被験者を得ることに成功し、リーダーシップの発生、効果、“変化的”リーダーシップ、そして高い倫理基準に基づいて支持者を感化するタイプのリーダーシップに関連したデータを得ることが出来ました。研究グループは、精神異常とリーダーシップの関係を男女それぞれ調査するだけではなく、リーダーシップの質を予測するのに適切な精神の不安程度を計測するための可能性を調査にも熱心でした。

 

 

この膨大な量の研究データによると、研究チームはほんの少しの関連性を精神異常とリーダーシップの発生の関係に見つけることに成功し、同時に精神異常と効率性との関係を否定する要因を僅かに見つけました。予測がつくかもしれませんが、精神が安定していな人は変化的リーダーシップを測る値が低いことが分かりました。

 

面白いことに、地位が低い者が上司を評価する際、精神の不安定性と変化的リーダーシップの関係は、自分自身を評価するときよりも弱いことが分かりました。

 

しかし、性別という要素がこの調査に入り込むと、状況は大きく変わります。精神が不安定の男性はリーダーになれる一方で、女性はリーダーとして台頭することはありませんでした。同様に、有能性において精神不安定の男性は高く評価されたのに対し、女性は低く評価されました。

 

つまり、全体的に精神性とリーダーシップの関係はどうやらそのリーダーとなる人の性別に大いに関係している様です。最後に、ある程度の精神異常はリーダーにとって変化性を含むリーダーシップにおける全ての局面においてなにかしらの効果があることが分かりました。

 

 

 筆者は次のように結論付けています。多様な研究にわたる実験的精密な調査の元では、リーダー素質のある精神不安定者にはある種の恐怖が備わっていることが分かった、と。その効果は小さいながらも、“実験において潜在的に大事なもの(p.8)”であるとしています。しかし、多ければ多い程良いというものではなく、適度な精神の不安定性が、個々をリーダーにし、より効果的で変化的なものへと変えることができる様でした。一方で女性の場合は話が異なり、精神病的女性は性格の特色が職場に裏目に出てしまうようです。家庭において女性は精神の不安定性を反社会的と捉えずに態度に表すことがありますが、感情は邪魔なものと捉える職場においては感情の爆発として良く見られないようですね。

 

 

まとめ

 

精神の不安定性とリーダーシップの獲得との間には、単純単一な関係性や繋がりは見られないようでした。分かったのは、女性は男性と比べ、その精神不安定性を表わすと困難に直面することが多いことと、一方精神に異常を来している男性は、その精神不安定な状態は彼らを頂点に上り詰める後押しをしてくれているということでした。少し相手に良く接することは、自分が夢見るキャリアへと続くより長い道を選ぶということに等しいのかもしれませんね。

セックスはパートナー候補との交際を始める手助けとなる?セックスはどのように働くのでしょうか?

他人同士の間の深い心からの繋がりを生む為に、セックスはどのように働くのでしょうか?

 

 

 性的欲求は交際相手候補との距離を初期的に縮める強い動機付けとなり、性交渉や妊娠を促進させる結果となります。愛情を欠いた性的行動の場合は、一夜限りのものとなります。しかし、性的欲求はもしかすると交際相手候補との距離を縮めるだけではなく、お互いの愛情が芽生えることを促進させているかもしれません。

 

 

 しかし、その欲求が単純に生殖行動の動機となるのか、愛着のみを促進させるのか、果てはその欲求が直接的に最近知り合った人同士の間に深い繋がりを与えることが出来るのかどうか、はっきりとは判明していませんでした。実際、性的欲求と深い愛着は直接的に関係があるわけではないようですが、進化論と社会における過程の中で人類は性的に引きつけられた相手に恋愛的に愛着を覚えるように変わってきているようです。

 

 

 最近社会人間関係に関する雑誌において、先程述べたポイントについての研究が発表されました。私と私の同僚による4つの研究では、新しく出会った異性同士は、顔合わせの際に性的欲求が深い感情レベルの繋がりを築く可能性を生んでいることが確認されました。

 

 

 1つ目の研究では、新しい顔見知りに対して即座のコンタクト(コミュニケーション、例えば同調、身体的接近、頻繁なアイコンタクト等)のような言葉を用いない行動に意欲を示すかどうかを研究しました。これを調べるため、参加者は既に録音された音楽を対する魅力的な異性とともに口パクで同時に真似をするという実験を行いました。これはビデオ録画のもと行われています。そしてその後、参加者は相手に対して欲求を感じるかどうかが測られました。その判断として、参加者がどの程度相手に対して即座に態度を示したか、そしてどれ程シンクロしていたかということを確認しました。参加者の相手に対する欲求は、相手に即座に対応する態度の中に隠れて表れ、同調の中にも同様に表れていることが参加者、その相手、そして測定者によって確認されました。

 

 

 2つ目の研究では、1つ目の研究を別の方法を用いて繰り返しました。今回はより親密な状況として口パクで真似をするのではなく、スローダンスを用いて、よりロマンチックな状況を作り出しています。また研究1の発展として、恋人候補との将来的交際に対する興味を測るという過程も追加しました。この研究が目指したのは、被験者が異性とスローダンスを踊ることによってその後相手に対して性的欲求の度合いが上がるかどうかを観察することであり、その程度を測る方法として、お互いに上手く息が合っていたか、そしてその相手に再び会いたいと思うかという点を考慮しました。結果は、参加者の相手に対する欲求は、彼らが相手に上手く息が合っていたかどうかに関連していることが分かり、更には相手と交際することへの興味が予測出来ることまで判明しました。

 

 

 研究3と4では生殖器の活動と性的ではない態度(問題があれば対処出来る状況下で)のふとした繋がりを生む様に計画されました。これは交際相手候補との関係を開始させる戦略的意図だけではなく、長期間に渡る繋がりをサポートする役割も見込んで設計されました。

 

 

 研究3では被験者は性的刺激(自然刺激と対になるもの)に意識下でさらされました。具体的には、被験者はデートの際の食事、服、場所の好みについて7つあるカテゴリーの中でそれぞれ二者択一の選択をしてもらいました(例、服の色:黒か青、場所:バーかレストラン)。そしてその選択をする前には男女それぞれ性的状況(被験者が女性の場合:魅力的な裸の男性が横になり、股間から上が見える状態。男性の場合:魅力的な裸の女性がひざまずいた状態を後ろから撮影した状態)又は普通の状況のいずれか潜在意識内でさらされました。

 

 

 

 そして参加者はいくつかの対人関係のジレンマ(例、“恋愛の最初で恋の駆け引きをすることについて酸性化反対か?”)について異性の相手と話し合いました。この間被験者はビデオ録画されていることを知りません。判断方法として、話の途中で参加者が相手に対してどの程度反応的で気を遣う態度に出ているのかを観察しました。この実験で、参加者は性的状況を経験した後の方が相手に対してより多く反応を示すことが分かりました。

 

 

 

 実験4では、生殖組織をより生態的な方法で活性化させることに焦点を当て、実際に現実である性的刺激の場面(ビデオを見る等)がどのように交際を開始させようとする行動(助けようとする態度など)に影響を与えるのかを観察しました。具体的にまず被験者は性欲を刺激するビデオ(ポルノ/アダルドビデオではないもの)又は普通のビデオのいずれかを見ます。そしてその後被験者は他の被験者とともに口頭推論に関するアンケートに5分間にわたって答えるよう信じ込まされます。そして調査員は魅力的な異性の仕掛人を紹介し、対象とした参加者の隣に座らせて、質問に答えている間は話をしてもいいことを伝えてから部屋から出ます。

 

 

 

 仕掛人は3つ目の質問にさしかかったふりをして隣の被験者の方を向いて“この問題でつまずいてしまいました。手伝ってもらえませんか?”と質問の手助けを請います。被験者の助けようとする態度は次の様な方法で測られました:

 

(a)相手を助け始めるまでの時間、

(b)質問を特までにかかった実際の時間、

(c)実際の手助けの質。

 

注:(a)(b)はそれぞれ仕掛人がポケットの中に隠したストップウォッチで計測します。

  (c)これは後に仕掛人によって評価されます。

 

 

 全体を通して、私達の研究は無意識の性的刺激でさえ言語または非言語の態度を引き出すことを明らかとし、そしてその態度は反応の迅速さだけではなく、相手の幸せに対する気遣いが表れていることを突き止めました。つまり、我々の研究は知らない2人が出会い、性的欲求をお互いに感じると将来の交際に対する興味はもちろん、その交際に投資する意志を表わす様な行動や態度が急速な増加することを示しています。こうした態度は、より深い感情の繋がりを育む状況を作り出す手助けとなります。強い欲求は新しいパートナーを引きつける一方で、長期間の繋がりをサポートする態度がそこから現れるということを、ここでもう一度述べておきましょう。

眠りと自己管理が、仕事での時間の無駄にどのように関連するのか? よく眠れない?自己管理能力が低い?この研究があなたに答えます!

 仕事での時間の無駄に関する研究はさまざまですが、アムステルダム大学のドイツ人の同僚2人、ヴェンデリーエン・ファン・エールデとメーリジン・ヴェヌスは最近、新たな貢献をしました。彼らは、高い眠りの質(量ではなく)が、仕事を効率よく行うため、エネルギーと必要な自己制御能力を与えてくれるのではないか、と仮定しました。低い眠りの質は、結果的に仕事の無駄につながるはずである、というわけです。

 

 

 

 彼らの研究の興味深い革新は、次に質問する事柄が、「誰にでも当てはまるのでしょうか?」ということにあります。もっと「我慢強い」人が、睡眠不足を何とか耐え(昨晩の低い質の睡眠)、仕事を続けることはできないのでしょうか?この疑問に答えるため、彼らは低い質の睡眠に直面したとき、自己管理が回復する源になる可能性を探求しました。

 

 

彼らは低い質の睡眠と翌日の時間の無駄の間に全体的な関係性があっても、これは自己管理で和らげられるはずである、と期待しました。自己管理能力が高いと、低い質の睡眠しか取れなくても、先延ばしにすることが少なくなるのではないか、ということを議論しました。

 

 

方法論

 

 

彼らは様々な職業に就く71名の参加者(平均年齢は約35歳)に協力してもらいました。職業は、金融、銀行業、政府、教育、建設、ヘルスケア、マーケティング、販売、その他、でした。これらの参加者には、二段階の研究を完成してもらいました。

 

 

 

第一段階では、被験者は自己管理能力の測定を完了しました。複数回にわたり被験者を測定することは、変数間の関係を拡張する傾向にあり、研究者がこの共通方法バイアスの効果を減らそうとするため、被験者は第二段階の前にこの実験を完了しました。

 

 

 

第二段階では、参加者は仕事をしている連続10日間で、毎日日記をつけました。

 

 

 

 ・毎日午前11時に、被験者は前の晩の眠りの質を報告しました。参加者は一つの項目で眠りを評価しました(「非常に悪い」から「非常に良い」までの5段階評価を使用しました)。

 

 

 

 ・午後4時、被験者は仕事中の時間の無駄を報告しました(著者が仕事の先延ばしとラベルを張る事柄)。

 

 

 

 結果の前置きとして、彼らが先延ばしの研究をしたこと自体、完全には明らかになっていません。彼らは既存の先延ばしの測定法から項目を採用しましたが、彼らが使用した3つの項目は、正確には先延ばしではありません。参加者はこれら3つの項目を使い、仕事日を評価するよう要求されました(「完全に当てはまらない」から「完全に当てはまる」までの範囲で):

 

 

 

今日、私は救いがたいほど時間を無駄にする人だった。
今日、私は時間を無駄にする人であり、それについて何もできないようだった。
今日、私は何かしようと自分に誓ったが、その後で先延ばしにしてしまった。

 

 

 

実験の参加者がどれくらい時間を無駄にしたと感じたか、彼らが測定したことは明らかですが、時間の無駄は、先延ばしと同じことではありません。ここには、いくつかの問題があります。

 

 

 

まず、私たちの多くが、一つの仕事を避けようとしますが、多くの仕事を済ませているので、全然時間を無駄にしてはいないのです。

 

 

 

二つ目は、先延ばしは目的と行動の間の隔たりだということです。私たちは仕事をしようとしますが、非合理的に仕事を先延ばしにします。著者は、序論で以下のように書くことで、このことを認めています。「先延ばしは、目的と行動の間の、食い違いを取り巻く、非合理的な遅れなのです。人が行動しようとして、状態が悪化すると知っているのにもかかわらず、行動しないとき、これが起こるのです。」ここでの問題は、私たちが全く不必要に時間を無駄にしているかもしれないが、まだ仕事をしている、ということなのです。時間の無駄は、目的と行動の間に食い違いがあることを意味するのではなく、ただ、私は「仕事中」の状態ではない、または、思ったほど効率的ではない、という状態であるだけのことです。

 

 

 

要するに、私たちは先延ばしにするとき時間を無駄にしているかもしれませんが、時間を無駄にしているように感じることを知るのは、実際に時間を先延ばしにしているということを意味しません。すなわち、この研究が先延ばしについてではなく、時間の無駄についてであるという始まりから注目するのは重要だと思います。何が仕事で無駄になる時間を予測するのか(この場合、質の高い睡眠の不足)、私たちが理解する助けになるため、これはまだ重要な研究です。

 

 

 

結論

 

 

 

 予想通り、彼らは睡眠の質と翌日の「先延ばし」の間の関係性を証明した、過去の研究を再現していました。睡眠の質が低ければ低いほど、時間を無駄にすることが多く報告されました。そして、彼らが仮説を立てた通り、自己管理が違いを生み出したのです。

 

 

 

実際、高い自己管理能力を有する人は、この関係すら存在しません!著者は以下のように結論付けています。「このことは、睡眠の質が自己管理能力の低い人にとってさらに重要であることを暗示し、これらの回答者にたいしてのみ、睡眠の質は否定的に翌日の先延ばしと関連していたのです。

 

 

 

結論となる考え

 

 

 

 著者は、ここで仕事における心理学的メカニズムについて思案し、関係するプロセスを特定する助けとなるこれからの研究を提示しています。私はどちらかと言えば、高い自己管理能力をもつ個人が、睡眠の質が低いために気が滅入る感覚を体験する可能性がある、という著者の意見に賛成ですが、彼らは被験者に、気が滅入っているにもかかわらず、仕事を続けるよう要求しました。私はまた、これからの研究がおそらく、誠実さという「優れた特性」をもつ人格を探求するのではないか、という彼らの意見に賛成です。その理由は、自己管理能力の代わりに彼らがこの特性を測定しても、同じ結果を得るのではないかと思うからです。

 

 

 

 誠実さは、自己鍛錬、忠実、組織など、補足的性質(あるいはその一面)により定義されます。誠実さが、仕事における時間の無駄を防ぐ助けとなる主な回復力の源となる可能性がある理由が、読者にはわかるのではないかと思います。実際、誠実さは、数多くの研究とさまざまな「成功」に関する測定法にわたり、職場での成功に関する重要な判断材料として示されています。

 

 

 

 良い知らせは、私たちは自主規制の強さまたは自己管理能力を改善することができる、ということです。また、皮肉なことに、自己規制のスキルまたは強さを高めることで、眠りの先延ばしを減らして、眠りの質を高めることに寄与するかもしれないのです。

性的暴行者の治療法に関する会議からの5つの収穫とは?

会議はとても有益なものでしたが、1つの欠点を改善することが出来るでしょう。

 

 ブリティッシュコロンビア州バンクーバーにおいて、第37回目の例年会議が研究治療団体によって2018年10月に行われました。この年の“Better Together”の議題は、幼児性的虐待の回避の必要性と社会をより安全なものにするためにそれぞれがどうお互いにかかわり合い、頼っているのかを認識するための教育活動(この団体(ATSA)の中心的目標)に関してでした。

 

2018年 ATSA会議 –Better Together

出典:ATSA会議パンフレットから

 

 前回の私のATSA会議2017と同様に、この会議からの収穫を5つまとめたいと思います。ATSAの進歩の目玉でもある4点に加え、私の視点から見たATSAの成長の可能性がある点を述べています。この収穫はメンタルヘルスに関する職業にある方なら、臨床医、研究者、支持者誰にでも合う様に意図しています。

 

 

  • 言葉の重要性をATSAは認識続けている

 

 

児童性的暴行における言葉は素晴らしい進歩を遂げていて、人により敬意を示した呼び方を使う様な方向へ動き始めています。(例えば、人を前に持って来る言葉遣い:(今)People with disabilities/障害のある人。(昔)Disabled people/障害者、など)。メンタルヘルスにおける専門家たちが彼らの原稿の中で使われる言葉遣いに大きな変化がありました。一般的に、個々を“性犯罪者”と呼んでいたのから“性的に虐待を振るう傾向のある人”と変わったり、“小児性愛症者”から“思春期前の子供に魅力を感じる個々”というように使われる語彙が変わりました。

 

 

  • 子供に性的魅力を感じている者の全員が、行動に移すわけではない

 

 

上記の様に非難を避けた呼び名よりも更に注目すべきかもしれないのは、子供に魅力を感じつつも性的暴行を犯していない人(大抵後期青年や青少年)に焦点を当てる動きが続いていることかもしれません。実際に、思春期前の子供に興味を持つ人が性犯罪に走らないように防ぐ対策は明らかに進歩しています。これらの試みは個人に適した臨床サポートを与え、彼らの嗜好を認めさせ、犯罪に加担せずに人生を謳歌出来る方法を提案することにも注目しています。またこの試みは幼児に興味を持ちつつも子供を痛めつけたいわけではない人達に関する研究に焦点をあてているものでもあります。これはこの分野において開拓的なものであり、発展していくのに必要な一歩です。

 

  1. 専門家は汚名を感じている

 

児童性的暴行の防止と仲裁にあたる分野の専門家達は汚名を自らに感じているようです。児童性的虐待を阻止し、仲裁することは社会を安全にする為に必要不可欠なことだと考える人もいるかもしれません。ですが、その虐待を大きな枠で捉えてしまう人の中には、児童性的虐待に関連する研究をするメンタルヘルスの教授や研究者にすら烙印を押してしまう人もいます。メンタルヘルスを提供する会社を例に挙げれば、児童愛を感じる人に対する自身のサービスを宣伝することに対し、顧客を守るだけではなく、自分自身を守るという点において不安に思うと述べています。不名誉の印にも関わらず、ATSAは断固としてその姿勢を貫いています。

 

 

  • 性行為が全ての問題ではないということ

 

 

メンタルヘルスを提供する会社やそれに関連する事業に携わる読者の人は、児童性的虐待をする人の治療は性行為に限ったものではないということが、この記事や以前の会議において何度も繰り返されていた為ご存知かと思います。つまり、問題は性行為が全ての問題ではないということです。人は単一ではありません。例え望まれない性嗜好を子供に対して持っていても、彼らは私達と同じ様に別の関心があるのです。もしかすると彼らは健全な交際を望んでいるけれど、鬱や極度の不安を抱えているのかもしれません。個々人を視野から外してしまいがちですが、その一方で汚名を着せられた臨床表現(例、子供に対する嗜好)に気付くように努力することは、それ程難しいものではないかもしれません。この介入は全体観的方法論を保証するものとなります。

 

  1. 多国籍を考慮した研究法がATSAには必要

 

性的暴行者の治療に関わる団体は多国籍的視野を取り入れようとし続けていますが、この視点はそれ程広く取り入れられたり広まっている様子はありません。ただ、最近の2回のATSA会議(2017,2018)において多くの発言者が文化や性的虐待に影響する個々の相違性を取り上げていたことはとても奨励され、人種や倫理的相違、特異な文化グループとともに働くことについて討論会も開かれていました。しかし、多くの発言者が人種、民族性、その他に身元を特定する要素について言及しませんでした。その他にも言語や場所といった文化的考察(例えば、その人物が田舎と都会どちらに住んでいるのかという比較)は、臨床や研究において同様に大切です。進歩は進歩であって、ATSAメンバーの多国籍に関する懸念や功績は言及に値するものですが、この分野により一層の努力を捧げることがこの分野にとって有益となり、重ねて私達へ有益なものとなることでしょう。私達は社会をより安全なものへと作っていくことを目指していますが、それは多数ある個々の社会を改善することでもあります。

 

孤独を感じる?歌うことが楽しい治療法に?地位社会の合唱団に参加することで、孤独感を減らし人生に対する熱意を高める可能性がある?

 2つの新しい研究が、グループで歌うことの心理学的および全体的健康利益にスポットライトを当てています。約3,250万人の米国の大人が、ある種の合唱団の中で定期的に歌を歌っているにもかかわらず、地域社会で歌うことは、デジタル機器の電源を切り、ほかの人とつながり、孤独感や社会から孤立を感じることを減らすよく見落とされる方法の一つです。この新しい研究は、地域社会で歌うことが人のメンタルヘルスを改善する有効な介入であることを示す、多くの根拠を付け加えました。

 

 

 

 アイオワ州立大学の研究者たちによる新しい予備研究からの予備調査結果によると、グループで歌う1時間は、いわゆる「ストレスホルモン」であるコルチゾールを著しく減少させ、パーキンソン病に苦しむ患者の悲しみや不安の感覚の減少に関係性がありました。歌うことはさらに、パーキンソン患者の運動機能や動きの流動性を改善するようです。これらの今までに類を見ない調査結果は、アイオワ州立大学通信社により、11月8日に報告されました。

 

 

 

 この研究は、3名のISUチームにより実行されました。3名はそれぞれ、音楽セラピストであり運動学部の准教授のエリザベス・ステグモラー、人間発達・家族学の准教授、エリザベス・「バーディー」・シャークリフ、運動学と心理学の大学院生、アンドリュー・ザマンです。

 

 

 

 本研究のために、このアイオワ州立大学の3人組は、ステグモラー率いる現在進行中の療法的歌唱グループのメンバーである、17名の研究参加者を採用しました。特に、この研究者たちは、1時間の歌唱セッションの後で、コルチゾールのバイオマーカーがグループメンバーの間で著しく下がったことを発見しました。

 

 

 

 「コルチゾールが減少する理由の一部は、歌唱参加者はポジティブに感じ、グループのほかのメンバーと歌う活動でストレスを感じることが少ないからであると思われます。このことは、私たちが愛情ホルモンのオキシトシンに注目できることを示しています」とシャークリフは発言しています。「私たちはさらに、心拍数や心拍変動に注目し、これらは歌を歌った後、被験者がどれくらい落ち着き、生理学的にリラックスするか、私たちに教えてくれます。」

 

 

 

 これらの初期成果は有望ですが、さらなる研究が、これらの心理学的および生理学的利益を触発する正確なメカニズムを特定するために必要です。この分野の研究者たちは現在、血液のサンプルを分析し、オキシトシンの増加レベルおよび別の要因が、定期的にグループで歌を歌う、パーキンソン病を患う人たちのムードや動きを改善することに関連しているのかどうか、突き止めようとしています。

 

 

 

 以下のTedXの講義では、ステグモラーは音楽療法における脳の利益について議論しています。

 

 

 

一緒に歌う年配の大人は、孤独を感じることが少なく、生きている幸せを多く感じる

 

 

 

 グループで歌う利点に関する2つ目の新しい研究『さまざまな年配の大人の間で幸福感を高める、地域社会の合唱団の介入:ボイシーズ・トライアルのコミュニティーからの結果』が、『老年学のジャーナル:シリーズB』により11月9日に発表されました。この研究の目的は、「人種および民族的に多様な年配の大人の健康、幸福、およびヘルスケアにかかる費用に関する、地域合唱団の介入効果をテストすること」でした。

 

 

 

 コミュニティー・オブ・ボイシーズ/コミュニダード・デ・ボケズは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者たちによって率いられた、多文化研究の協力であり、地域社会の合唱団で歌うことが、費用効率が良く、さまざまな背景を持つ年配の大人に関して生活の質を改善する、アートベースの社会的介入であるのかどうか、調査する過程にあります。合唱団の各12組のコミュニティーが、プロの聖歌隊指揮者および伴奏者たちによって率いられ、各場所の人口統計に合わせて文化的に調整されました。これらの宗教とは関係のない合唱団は、幅広い歌唱力をもつ人にふさわしく、合唱メンバーが委縮してしまわないように、専門的技能を和らげるのに十分な、ただ挑戦してみようという「流れ」を意図的に作り出すよう計画されました。

 

 

 

 2015年米国国勢調査局の報告によると、米国国民総計の約15パーセント(5,000万人)は、3年前で65歳かそれ以上の年齢になりました。65歳以上の人口統計は、特に社会的孤立を感じたり、孤独を感じたりすることに対して弱く、これらは鬱や病弱な結果に関連しています。

 

 

 

 「私たちの現在の健康および社会的システムは、年配の大人の急速に増え続ける人口を支援する助けとなる準備ができていません」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校看護学校の副学部長および教授である、筆頭著者ジュリーン・ジョンソンは声明の中で述べています。近年では、ジョンソンは、年配の大人が幸福感を得るために合唱団で歌うことのよく見落とされる利点にスポットライトを当てるため、根拠に基づいた研究に自身を捧げました。「孤独や社会的孤立を体験する高い割合があり、鬱もまた比較的高い割合です。年配の大人が地域社会に参加し続け、つながり続ける助けとなるため、新しいアプローチを発展させる必要性があります」と彼女は述べている。

 

 

 

 90分間の地域社会での合唱セッションは、市民の気楽なパフォーマンスのための、特定のリサイタルを練習することを目的としていました。6カ月間の研究で、それぞれの歌手は、心理学的心の状態と全体的感情の幸福感を自己申告しました。これらのアンケートを査定した後、研究者たちは地域社会の合唱団で歌った年配の大人は、社会的孤立の知覚を体験することが著しく少なく、「人生の興味」を体験することが著しく多い、という結果を発見しました。

 

 

 

 著者は以下のように結論付けています。「私たちの発見は、さまざまな年配の大人の間で、孤独を減少させ、人生の興味を上昇させる、地域社会の合唱団の採用を支持しています。さらなる努力が、合唱団への参加が年配の大人の間で幸福の側面を改善し、健康格差を減少させるメカニズムを調査するのに必要ですし、これには、長期の潜在的取り組みも含まれます。」

 

 

 

 一緒に歌うことは、さまざまな職業および地位の人々が共に集まって楽しむための、最も古くからある楽しい方法の一つです。地域社会の合唱団で歌うことは、どのように私たちの全体の幸福とメンタルヘルスの利益となるのか、正確に知るにはさらに研究が必要ですが、最新の研究は、誰かと歌うことは、私たちを孤独にし分かつバリアを破るための、薬のいらない完璧な治療法になる可能性があることを、思い出させてくれるものとして働いています。

「小脳」が次なる大ごとになる可能性がある、3つの理由とは? どんな要因によって、セレバラム(小脳)にスポットライトが当てられるのか?

 神経科学における報道価値のある傾向を追う、根拠に基づく取材を行うジャーナリストとして、私はセレバラム(ラテン語で「小脳」を意味する)の高まる人気に注目してきました。ここ数週間で、このよく見落とされる皮質下の脳領域は、専門的流行語の地位を急速に築き上げました。私には、「セレバラム」が、神経科学の難解な語彙から毎日使う用語に稀な飛躍を遂げた、「扁桃体」や「海馬」、「前頭前皮質」などのように、よく使う単語になりつつあるという予感がありました。

 

 

 過去10年間で、私は大脳と小脳の相互作用にスポットライトを当て、「小脳」という単語をよく使う単語にしようと(それほど大きな成功はありませんでしたが)試みてきました。下記のリストでは、「小脳」が神経科学において次なる大ごとになる転換点を作った可能性がある、と私が推測する、3つの重要な要素を提示しています。

 

 

 小脳がここ数週間でどのようにして「ホットな」話題になったのか、簡単な脱構築に入る前に、重要な注意事項があります。小脳に関する報道記事が急上昇する可能性がある3つの要因を表したこの短い意図的なリストは、メディアの傾向が、小脳研究の包括的回顧録以上に、神経科学にどのように作用するのかを表したさらに詳細な分析です。

 

 

ヒトの小脳における非運動機能が、神経科学の流行の話題であることを表す3つの理由

 

 

ジェレミー・シュマッハマンは、現代の小脳研究における優れた思想的リーダーである

 

 

何よりもまず、20世紀後半以来、ハーバード・メディカルスクール・マサチューセッツ総合病院のジェレミー・シュマッハマンは、パイオニア的研究者であり小脳の支持者でした。

 

 

1998年、彼は神経学者や神経科学者に、ヒトの小脳は運動機能にのみ働くという長年にわたる(しかし不正確な)考えに疑問を持ってもらうため、計画を軌道に乗せる画期的な論文を発表しました。

 

 

 シュマッハマンの革命的な『小脳性認知情動症候群』(1998年)や『思考の測定障害』(1998年)などの仮説は、20世紀後半の大変革でした。彼の研究仲間の間で当初は疑問が起こりましたが、21世紀初頭を通してシュマッハマンは、小脳が運動および非運動機能において重要な役割を果たしているということを、全世界の神経科学コミュニティーの否定派に徐々に納得させました。私の意見では、シュマッハマンの深い洞察と揺らがない忍耐は、「小脳」をよく使う言葉にした大切な原動力なのではないでしょうか。

 

 

 できれば2、3分かけて、小脳は筋肉の協調を微調整するのと同じように、私たちの思考や感情も微調整する可能性があることを仮定する、『思考の測定障害』の仮説(今では広く受け入れられていますが)を彼が立てたとき、開設された神経学コミュニティーから当初受けた反対を説明するジェレミー・シュマッハマンの動画を見てみてください。

 

 

脳科学の俗説を暴く:小脳は運動機能のみの脳領域ではない

 

 

最近ヒトの小脳が科学リポーターの関心を引いている2つ目の理由は、小脳が数世紀にもわたり誤解されてきたというものです。脳に関する長年にわたる考えが誤りだと証明されるとき、報道価値のある神経科学に基づいたお話が生み出されます。小脳が過小評価され、長きにわたり運動機能にしか作用しないと間違えて考えられてきたので、ヒトの小脳が実際は広範囲の非運動機能に関与しているという新しい発見は、当然メディアの騒ぎを生み出しました。

 

 

ヒトの小脳が運動機能にのみ作用するという脳科学の俗説を暴くための私の数十年にわたる試みの一部として、2018年10月20日、私は「サイコロジー・トゥデイ」のブログポストに、”Da Vinci Was Right: The Cerebellum Deserves More Recognition”(『ダ・ヴィンチは正しかった:小脳はさらなる認知機能を受けるに値する』)を書きました。この投稿は、レオナルド・ダ・ヴィンチが脳のワックス鋳造を行った1504年までさかのぼり、「小脳」という単語の起源をたどったものです。500年の間、ほとんどの神経科学者は、小脳は認知機能とは何の関係もなく、運動機能にしか関与していない、と強く信じて疑いませんでした。

 

 

10月23日の朝に、私は目を引き付ける見出しが付いた、セントルイスにあるワシントン大学メディカル・スクールのプレスリリースを見ました。見出しは「心の性質をコントロールする中枢部、長く無視されてきた脳領域で発見:小脳は思考と動きを確認し訂正する」というものでした。このタイトルが、私の目に飛び込んできました。この魅力的な新しい研究について読んだ後、アメリカ東部標準時間(EST)午前11時までに手に入れなければ輸入禁止になる、今度の論文のPDF版を手に入れるため、ワシントン大学メディア関係者の幹部にすぐメールしました。

 

 

この論文をすべてむさぼるように読んだ後、私はこの最先端の研究に関する自分のブログポスト、”Cerebellum Studies Challenge Ancient Notions About How We Think”(『小脳研究、思考方法に関する古い考えに挑戦』)の仕上げをするのにあまりに忙しく、輸入禁止が実行されてからすぐにこの新しい研究を報道した、ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)のモーニングエディションを聴いていることができませんでした。NPRのお話の中心は、筆頭著者のスコット・マレクと、最終著者ニコ・ドーセンバッハのワシントン大学研究室の同僚たちによる、ジャーナル『ニューロン』に10月25日に発表された論文、”Spatial and Temporal Organization of the Individual Human Cerebellum”(『個々のヒトの小脳における、空間および時間的構造』)です。

 

 

社会改革主義者のジャーナリスト、ジェイコブ・リーズは、一般国民の意識に弾みをつけるのに失敗している一見すると人気のなさそうな話題に関して、報道することを決してあきらめない決意を表明したとき、「石工」のアナロジーを用いました。何年も科学を基本としたライターとしてやってきて、誰も小脳に関して興味を持たないとあきらめかけていたとき、リーズの言葉はこの話題について書き続けるため私を触発しました。彼はこう述べます。「何も助けになりそうにないとき、石工が岩にハンマーを打ち下ろすのを見に行きます。岩にひびがなかなか入らず、たぶん100回は打ち下ろしていたと思います。ですが101回目の打ち下ろしで岩は二つに割れ、ここで私は、一回の打ち下ろしがこのことを可能にしたのではなく、それまでのすべての打ち下ろしがこのことを可能にしたという事実を知るのです。」

 

 

「石工」のアナロジーを使って小脳に関して注目したことは、突如として神経科学の時代精神の一部になりました。小脳の数多くの謎を解決しようと、絶えず「ハンマーを打ち下ろし」ていた神経科学者たちが、明らかに世界中に数えきれないほどいたことに注目するのは重要です。これらの研究者たちは、ついにひびが入って開いた、小脳に関する公共の利益につながった「101回目の打ち下ろし」を引き起こした人たちです。とはいえ、マレクほか(2018年)による最新の論文が、国際ジャーナリストの好奇心を刺激した転換点に到達する、小脳に関するこれまでのすべてを引き起こした「101回目」の打ち下ろしであるようです。

 

 

ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の、小脳研究に関する2つの報道

 

 

ここ2、3年で、NPRの科学デスク在籍のレポーター、ジョー・ハミルトンは、数百万のリスナーを獲得した、小脳に関する2つの報道を行いました。私が知っている限りでは、ハミルトンはヒトの小脳における非運動機能に関して絶えず報道していた、大規模な一般聴衆をもつ数少ないレポーターの一人です。NPRでの彼のモーニングエディションにおける報道は、ヒトの小脳が神経科学において次なる大ごとになる可能性がある、3番目の理由です。

 

 

 NPRの主力なニュースマガジン、「モーニングエディション」は、一週間で1,500万人近くのリスナーを獲得し、一週間の累積リスナーで見ると一番多く聴衆されたラジオ番組となっています。「小脳」に関して「モーニングエディション」が報道を行ったことは、とても大事なことです。

 

 

 ジョー・ハミルトンによる最初の小脳に関する報道、『ヒトの不完全な脳が、思考と感情における小脳の役割を明らかに』は、ジェレミー・シュマッハマンとのインタビューを取り挙げ、NPRの「モーニングエディション」2015年度版で、3月16日に放送されました。

 

 

 ジョー・ハミルトンによる2回目の小脳に関する報道、『過小評価された小脳が、脳科学者らから新たな尊敬を得る』には、ニコ・ドーセンバッハとスコット・マレクとともに、シュマッハマンとのインタビューが含まれています。この報道は、NPRの「モーニングエディション」2018年度版で、10月25日に放送されました。

 

 

 これらは、最新の小脳研究における最高の時期で、現状を揺り動かし続け、神経科学に基づくこれまでの体制を崩壊させ続けています。「思考をコントロールする中枢部」としてのヒトの小脳に関するGoogleアラートは、ここ2週間で私のスマートフォンに絶え間なく鳴り続けています。さまざまな意味で、マレクほかによるワシントン大学の論文(2018年)は、小脳を瞬間的なメディアのお気に入りにした転換点になりました。願わくは、小脳に関する人々の好奇心が、これからも続いてほしいものです。
1 2 3 4 5 11